少年トルフィンは「村人」は殺してないんだよなぁ。戦士時代に殺してきたのは任務の障害になる兵士か戦士に限られ、殺戮や破壊、略奪といった蛮行からは徹底して距離をとっていたわけで。アシェラッドの指示で斥候や暗殺者をやることで結果的に蛮行の片棒を担いでるのは事実なんですが、そういったヴァイキング的なものを心底嫌っていたのがトルフィンで、敵であるはずのアシェラッドと同類として描かれてるのが大事なポイントすよね。だからこそ、アシェラッドの死によって空っぽになることができた。「村人」を殺すようなトルフィンだったら、戦士としての能力と快楽が人格的に結びついてしまい、後戻りはできなかったろうなあと思います。
少年トルフィンは「村人」は殺してないんだよなぁ。戦士時代に殺してきたのは任務の障害になる兵士か戦士に限られ、殺戮や破壊、略奪といった蛮行からは徹底して距離をとっていたわけで。アシェラッドの指示で斥候や暗殺者をやることで結果的に蛮行の片棒を担いでるのは事実なんですが、そういったヴァイキング的なものを心底嫌っていたのがトルフィンで、敵であるはずのアシェラッドと同類として描かれてるのが大事なポイントすよね。だからこそ、アシェラッドの死によって空っぽになることができた。
「村人」を殺すようなトルフィンだったら、戦士としての能力と快楽が人格的に結びついてしまい、後戻りはできなかったろうなあと思います。