アニメ映画、どんどん最低を更新しちゃったからまだマシなんだよなぁ、ユウキちゃんかわいそかわいいね……(デスゲームにはカンザキナオの居場所は無いよな……記憶なくなった光堕ち夜神月くんも思い出す……示唆的だ……
怒涛の知らねェは草。視聴者が難しくて考えるのを放棄したんじゃなくて、この映画で考える事のが無駄になっているのは創作として致命的かと。下手すると監督と脚本より原作のファンじゃない、うp主の方が原作の魅力と理解度があると思う
LIAR GAME 18話間抜け三人組アキヤマの指示方法雑すぎィッ!(妄想)バンダナ、饒舌になってますね…アキヤマの指示方法雑すぎィッ!(現実)ヨコヤはナオと沢山おしゃべり出来て羨ましい 『LIAR GAME』のヨコヤのように、主人公の前に優秀なライバルが立ちはだかる構図こそが、作品の面白さを引き立てます一方で、敵を格下に描いて主人公を際立たせるような『死亡遊戯で飯を食う。(映画版)』の演出手法は、攻防の緊張感を削いでしまうため好ましくないと感じました
制作はむしろ幽鬼、というかキャラ全体を格下に見ていると思う「なんだかんだ言ってデスゲームやってる以上怖いでしょWWWWWWWW」「人殺すのは辛いでしょwwwww」みたいな、主人公たちの意志や覚悟を無視した自分達の「常識」で主人公たちを「理解できる」「可哀想な」感情の持ち主に変えてるその根底にあるのがクソなろうってのは正直同意・・・でも強さって意味では無くて「視聴者が感情移入()」出来るキャラにしようとしてるのが一番の問題点強くて正しくてカッコイイキャラに同調する事と、作中のキャラの気持ちを理解して話に没入する事の違いが分からない読者が増え、分からない製作者が増えたから「見てる人間が同調しやすい弱くて悩んで罪悪感を抱く年頃の少女」に変えてしまっている後最後のシーンは良くもなんともないそもそも原作でのあのシーンは幽鬼が未だ「白士の弟子」として生きているのを独り立ちさせるようなシーンであって永世なきなき追悼会じゃないんよそっちはアッサリと終わらせつつ、お前はお前の道を行けと、弟子を世界に送り出す事こそが素晴らしい場面なんだから結局は動画主も映画のトランス状態に引きずりこまれてそこから抜け出す事が出来ないというか、映画の側が前提みたいな目で原作を読んでしまうんやな・・・マジでこの監督はダメというか普通に害悪だと思う、見た人間が動画主含めて揃いも揃って「映画を原作」「原作を二次創作」みたいな目で見てしまってるもん口では逆と言いつつ実態はそうだもん最後に人体改造は原作だと1巻最後に「そういうものがある」事は解説してるし3巻冒頭で「キャンドルウッズで死亡したはずの人間の弟子」って言ってるから十分推理可能なのよな・・・
永世が(参加者の中で一番フィジカル強い)真熊をキルして、その後セルフキルなら納得できる。立て続けにベテランプレイヤーがキルされて緊張感のある空気になるし、残り2キルだからちょっとは楽になる。死んだふりを最初にやると他のプレイヤー警戒させるだけだし、肉体損傷した状態で3キルしないといけない。まあ、後のゲーム考えたら永世の戦術は意味わからんけどね。
なるほど!ユウキの頭がモヤモヤしてたから、キャラの顔がハッキリ映らなかったのか!と思ったら、最後まで同じ演出だったので、キャラの顔すら覚えられませんでした。基本的な情報が入って来ないから、細かい所を見ようとか考えようとか思えないのよ
アニメ映画、どんどん最低を更新しちゃったからまだマシなんだよなぁ、ユウキちゃんかわいそかわいいね……
(デスゲームにはカンザキナオの居場所は無いよな……
記憶なくなった光堕ち夜神月くんも思い出す……示唆的だ……
ホントに制作がクソなろう思考に汚染されてるならマジでクソなろうって害悪だな
怒涛の知らねェは草。
視聴者が難しくて考えるのを放棄したんじゃなくて、
この映画で考える事のが無駄になっているのは
創作として致命的かと。
下手すると監督と脚本より原作のファンじゃない、
うp主の方が原作の魅力と理解度があると思う
LIAR GAME 18話
間抜け三人組
アキヤマの指示方法雑すぎィッ!(妄想)
バンダナ、饒舌になってますね…
アキヤマの指示方法雑すぎィッ!(現実)
ヨコヤはナオと沢山おしゃべり出来て羨ましい
『LIAR GAME』のヨコヤのように、主人公の前に優秀なライバルが立ちはだかる構図こそが、作品の面白さを引き立てます
一方で、敵を格下に描いて主人公を際立たせるような『死亡遊戯で飯を食う。(映画版)』の演出手法は、攻防の緊張感を削いでしまうため好ましくないと感じました
制作はむしろ幽鬼、というかキャラ全体を格下に見ていると思う
「なんだかんだ言ってデスゲームやってる以上怖いでしょWWWWWWWW」「人殺すのは辛いでしょwwwww」みたいな、主人公たちの意志や覚悟を無視した自分達の「常識」で主人公たちを「理解できる」「可哀想な」感情の持ち主に変えてる
その根底にあるのがクソなろうってのは正直同意・・・でも強さって意味では無くて「視聴者が感情移入()」出来るキャラにしようとしてるのが一番の問題点
強くて正しくてカッコイイキャラに同調する事と、作中のキャラの気持ちを理解して話に没入する事の違いが分からない読者が増え、分からない製作者が増えたから「見てる人間が同調しやすい弱くて悩んで罪悪感を抱く年頃の少女」に変えてしまっている
後最後のシーンは良くもなんともない
そもそも原作でのあのシーンは幽鬼が未だ「白士の弟子」として生きているのを独り立ちさせるようなシーンであって永世なきなき追悼会じゃないんよ
そっちはアッサリと終わらせつつ、お前はお前の道を行けと、弟子を世界に送り出す事こそが素晴らしい場面なんだから
結局は動画主も映画のトランス状態に引きずりこまれてそこから抜け出す事が出来ないというか、映画の側が前提みたいな目で原作を読んでしまうんやな・・・
マジでこの監督はダメというか普通に害悪だと思う、見た人間が動画主含めて揃いも揃って「映画を原作」「原作を二次創作」みたいな目で見てしまってるもん
口では逆と言いつつ実態はそうだもん
最後に人体改造は原作だと1巻最後に「そういうものがある」事は解説してるし3巻冒頭で「キャンドルウッズで死亡したはずの人間の弟子」って言ってるから十分推理可能なのよな・・・
まだ見てないけど、閃ハサでνガンダムが出るようなのはまだいい、のちに出たコミカライズ版も展開が変わってるのはいい、映画はわざわざ伽羅を出してまで面白くないのが良くない。
原作通りにすればきちんとそれなりのミステリーになってたはずなのに、TVアニメから続投した監督の改悪によって
クソゲーなアドベンチャーゲームのようなガバガバなストーリー展開になってしまっていた
永世が(参加者の中で一番フィジカル強い)真熊をキルして、その後セルフキルなら納得できる。立て続けにベテランプレイヤーがキルされて緊張感のある空気になるし、残り2キルだからちょっとは楽になる。死んだふりを最初にやると他のプレイヤー警戒させるだけだし、肉体損傷した状態で3キルしないといけない。まあ、後のゲーム考えたら永世の戦術は意味わからんけどね。
新キャラは最後まで全然顔と名前が一致しなかった
自己紹介でキャラの顔映さないってどういうことやねん…
なるほど!ユウキの頭がモヤモヤしてたから、キャラの顔がハッキリ映らなかったのか!と思ったら、最後まで同じ演出だったので、キャラの顔すら覚えられませんでした。
基本的な情報が入って来ないから、細かい所を見ようとか考えようとか思えないのよ