今川義元 の一生をゆっくりたどる長編歴史物語|桶狭間で散った「海道一の弓取り」の真実の姿 【睡眠用 ぐっすり】

今川義元 の一生をゆっくりたどる長編歴史物語|桶狭間で散った「海道一の弓取り」の真実の姿 【睡眠用 ぐっすり】



今川義元 の一生をゆっくりたどる長編歴史物語|桶狭間で散った「海道一の弓取り」の真実の姿 【睡眠用 ぐっすり】

歴史の中で誤解され、過小評価されてきた「今川義元」。彼は「織田信長」という英雄を引き立てるための存在として描かれがちですが、この動画ではその実像に迫ります。特に桶狭間での彼の運命に焦点を当て、義元の日本史における真の役割を考察します。

駿河・遠江・三河を治め、「海道一の弓取り」と呼ばれた戦国大名・今川義元。
桶狭間の戦いで信長に討たれた「油断だらけの公家かぶれ」――
そんなイメージだけで語りきれる人物ではありません。

この動画では、名門今川家の嫡男として生まれ、
京都での遊学・教養、家中をまとめあげる政治、
三河や尾張へじわじわと勢力を伸ばしていく過程を、
桶狭間の戦いまでゆっくりとたどっていきます。

なぜ今川義元はここまで大きな力を持てたのか。
そして、なぜあの日、桶狭間で斃れなければならなかったのか。
教科書だけでは見えにくい「有能な当主」としての顔を描いていきます。

寝る前の日本史・戦国時代の睡眠用BGMとして、

布団の中で目を閉じながら、あるいは作業のお供として、
お楽しみください。

動画作成に使用した資料———————–

1. 一次資料
・『今川仮名目録』および『同・追加二十一ヶ条』
義元が父・氏親の法を継承し、さらに独自に追加した分国法。

・義元の発給文書(判物・印判状・書状)

2. 二次資料・準一次資料
・『信長公記』(太田牛一 著)
織田信長の元家臣による信頼性の高い記録。

・『甲陽軍鑑』(武田側の軍学書)

3. 歴史的背景・通説の出典
江戸時代の講談、歌舞伎、軍記物

■動画の構成・演出について
当チャンネルでは、史実に基づいた流れを大切にしつつ、
歴史ロマンを最大限に楽しんでいただくため、以下の要素を含めて構成しています。

・後世に語り継がれた創作的なエピソード(軍記物・講談など)
・史料が乏しい部分への独自の解釈や演出
・複雑な史実を、物語として理解しやすい形に整理した構成

歴史研究としての厳密さよりも、
「物語(エンターテインメント)」としての面白さを重視しています。
史実の余白や諸説ある部分を、あくまで“ひとつの解釈”として
楽しんでいただければ幸いです。

—————————————————————–
00:00:00 第1章:プロローグ 〜誤解された敗者〜
00:01:05 第2章:運命の地・桶狭間(永禄3年5月19日)
00:07:57 第3章:回想・義元の誕生と僧・承芳時代
00:32:04 第4章:花倉の乱と家督継承
01:02:41 第5章:「公家化」の真意と領国経営
01:34:41 第6章:法治国家の完成(今川仮名目録)
01:44:29 第7章:外交戦と軍師・太原雪斎
01:57:55 第8章:一門衆の苦悩と人質・家康
02:05:20 第9章:雪斎の死と独裁の始まり
02:22:55 第10章:最強軍団の全貌
02:52:53 第11章:「上洛説」の否定と真の目的
02:57:16 第12章:決戦・桶狭間(5月19日未明〜)
03:29:14 第13章:歴史の改竄と創られたイメージ
03:42:54 第14章:信長の奇襲(時間を13時に戻して)
03:58:39 第15章:エピローグ 〜崩壊と遺産〜

#今川義元 #桶狭間の戦い #豊臣兄弟 #織田信長 #太原雪斎 #徳川家康 #岡部元信 #朝比奈泰能 #戦国時代 #日本史 #長編オーディオ #睡眠用BGM #作業用BGM #歴史解説

View Comments (6)
  1. 最初は「今川義元の汚名を返上したい!」という一心で作り始めたのですが、途中で「太原雪斎は絶対に外せない」となり、さらに「この機会を逃したら、朝比奈や岡部にスポットライトを当てるチャンスは二度とないかも!?」と欲が出てしまい、気づけば4時間を超える超長編になってしまいました💦1度に全部見るのは大変だと思いますので、何回かに分けてぜひ最後までご覧いただければ幸いです🙇‍♂

  2. フィクションとした物語を話き流すのなら問題ないのだが
    ここで疑問
    ・東海道の弓取りってどこ情報なのでしょう 
    ・織田家って当時は斯波家の家臣であり国主では無い
    ・桶狭間の戦いもキッカケは大高城に取り囲まれた砦と熱田の権益なのでは
    ・国力の違いは江戸の創作 実際は国力は殆ど変わらない 
     熱田には港の収益が大きくその収益で伊勢神宮や京都御所に多額の寄付よって小国ではない 
    ・弱者が強大な敵を倒したなんて例は江戸の創作 桶狭間 厳島の戦い 川越夜戦 これら全てフェイク

    主様の歴史検証は理に適っているとは思います。
    桶狭間に限らず江戸から昭和時代の歴史検証はお花畑検証が多すぎ

  3. 太原雪斎は後々の名、太原崇孚が正しい。
    福島一族は元々は高天神城城主だが
    甲斐へ出兵の際に
    討ち死に、福島一族は重責を負わされ幼い息子は養子に出された(北条綱成)。領土も没収され久能の僅かな地に転封。北条綱成の姉の子、福島弥太郎が福島一族の血を引く栴岳承芳の庶兄、玄広恵探を担ぎ上げ今川家乗っ取りを企み花倉の乱を起こした。今川氏輝と彦五郎は玄広恵探に花見の宴で、毒を盛られ謀殺で病死では無い😮‍💨

  4. 【追伸】福島一族はせいぜい兵三百
    大軍では無い、太原崇孚は北条氏綱の弟の北条幻庵に援軍を以来。
    福島弥太郎が関口氏禄を味方に付け
    、朝比奈勢は動けない。 福島一族は少数勢力で弥太郎を討ったのは今川軍ではない北条綱成です、玄広恵探は捕縛され切腹
    。この番組…全て間違いだらけ今川軍で武功を立てたのは岡部だけ、他は領国内の治安に努めた。 久能城を落としたのは北条水軍です、今川軍は玄広恵探側を包囲してただけ。
    今川義元を立てたい気持ちは分かりますが此処まで虚言ばかりでは😓
    其れに花倉の乱が終わった後に直ぐ今度は、今川と北条共に敵対してた武田に今川が勝手に武田と縁組を結び河東一乱勃発。
    北条を敵に回し富士郡と駿東郡の二郡を奪われる。
    朝比奈をやたら話しに出して来るけど朝比奈は遠江、
    駿府には居ませんよ、駄目だよ此れじゃ…😮‍💨

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