(260)鎌倉の歴史雑談番組ブシトーーク7月22日(火)19時から生配信
こういう感じ。こう んだろう。 後ろ向きでそれがこんな感じ。たさんが隠れない程。そうなんですけど なんかやりたいこととかそういうものに歯止めをかけちゃってし自分の中で へえ。 ていう人とか に やっぱそのなんだ自分を解放するって言ったら変ですけど うん。 ね。かさんぐらいね。 的どうか?解放的けるのもちょっとどうか? あのやりたいことしかやってやってない。 いや、それでいいと思う。こしかやってないよね。 ね、もう自分の好きなことをとにかくやろうみたいな。 みんなそれでいいと思うんですよね。 ま、でもそういう生活で生きてるからいい。うん。そう。 考が食べられないし。 それもそうなのよ。そっちも考えないとね。うん。でもこれは結構難しいテーマですよね。 あの、仕事ってなった時に、ま、やっぱりそれしもね、ビジネススクスクールとか通ってたりとかしましたけど うん。すごい絶対無理って言われてたこと今やってるよ。 [音楽] もう99% そんなのうまくいかない。うん。うん。うん。 でも100%じゃないんだったら1% にかけるみたいな。 やっぱビジネスプランは絶対無理。 それはなんでかって言うと、 あの、誰もやったことがないから うん。うん。 やったこと前例がないものはやらやれない理由が必ず存在するはずだと。だ考えることは人間誰だ。人がいなかったってこと。 あ、でもね、誰でも考えることは一緒なんだと。 だけどやれなかったから存在してないんだと。 てことはうまくいかないよっていう。うん。 で、自分が今やってることってじゃあ誰かに告げるかって言うと絶対無理なの。 自分の世界観っていうか自分だけでやのやってるようなものだから うん。うん。うん。 これを誰かに引き継こうって。ま、無理だ。 なみたいな。 どこまで続くかさもわからない。 あとなんか変にいろんな人が可愛いしちゃって色々 惑が変わってきちゃう。 そう、そう、そう。そうするとなんか面白くなくなっちゃうんですね。 そうですね。 あとね、結局はその、あの、ま、これはね、親父から言われたんですけど、 お前のやってることは誰の役にも立ってないっていうわけですよ。だからそうなです。 あ、でもそれは、ま、考え方にもよるんですけど、要するに食べるとかうん。うん。 [音楽] え、ま、切るとか、ま、意食とかですよね。 そういうような人間の絶対必的なものうん。 うん。 がやっぱり人間が本来するもので、 それを生産することこそがいわゆる仕事なんだ。 で、それ以外のものは、あの、誰もが欲しいわけじゃないわけじゃ。うん。 たまに誰かが欲しい人がいるかもしれないけど、そんなの仕事じゃないんだという考えなんだと思うんですよ。 それはでもそういう時代に来てきた。 考えたらそれはそれで別にいいと思うんですよ。 うん。間違っちゃいね。 そうでそれじゃないとお前は一家を養しないのにとか 子供3 人生まないと社会としてちゃんと責任果たせてないよとかそういう世代の 1つなわけです。だよね。わかるわ。 いや、だからそうそう3 人以上まないとましたね。 2.1 をちゃんと維持できないんだから。それ社会の人間として責任果たしてないよとかね。そういうことを言うわけです。 ごめんなさいてね。 いや、それ果たせてないし。 うん。たさんは5人でした。 3 人です。そうとしてんでるわけじゃないし。 ま、でもそういう考えがある人からすればお前のやってることは役に立た誰の役も立ってない。 でも実際にそういうの欲しいって言って、ま、買ってくれる人がいれば成り立つんニーズさえあれば、 ま、その仕事、ま、仕事と言ってる言えるかどうかわからないですけど、 ま、成り立つっていうね。だからビジネスてほ難と。 ですよね。 ま、でもあのよく、ま、ちょっとあのなんかあの何毛的な話になっちゃいんですけどうん。 あの啓蒙セミナー的な話仕事が使えることじゃなくて心志しのことにしてしまえばうん。うん。ああ、なるほどね。 何でもいいっていう 自分が何を心してるのか そのことをなすことによって誰かがうん。うん。うん。 その うん。 心の救いだったりとか うん。うん。 あの、ちょっと見ってしてくれることがあるのであればそれで自分もうん。うん。うん。 飯が食えるつ大変ですけど、 あの、なんか自分も生きててやかであればそれでいいんじゃないのっていう で稼げ稼ぐ経済として稼ぐことだけが それそれじゃないし。 うん。確かにね。 まだもう1 つはその今言った経済って考えもいいと思うんですよ。 ああ、 経済ってそもそも牽制催眠なんで、 そのよ救うって意味なんですよ。 うん。うん。 だからその自分がやろうとしてることがその人を救うことだっ ていうことをで経済っていう風に考えれば うん。 その何をすべきか が見えてくるし、 その人を救うことによってお金が流れて自分にもはい。 57分。もう 時だよ。 大変大変。 やばい、やばい、やばい。 そろそろ真始めますか?3分前だけ 最近ね、 上が生放送。 上生放送ですね。はい。 これが生放送 そう。でもこれね、トラブルこと多いからね。大丈夫かな? 冷却装置をね、買った方がいいすよ。その ああ、そう。熱くなるんだよね。そう、そう、 そうなんすよね。お、行った、行った、来た、 行きましたね。ああ、来た。あ、またなんか言われてる。 またなんか言われてる。 でも見れてれば平気なんだけど。 いや、見れてないな。 え、見れてない。 私は見れてない。 まだまだちょっと時間が経つかも。 そろそろそろそろ 開かれる話はないな。 あ、でも画面のロックの話か。だめだ。 これでもこないだロックの話出たけどましたね。 見えましたよね。 ちょっと待って。 私全然 それも確認してみよう見れてない。 見れてないよ。 見えてない。ダメ。 見えてない。 あ、見れてる。見れて。 あ、見えてる。見えてる。よかった。一応見れるんです。 見れてる。で、これね、ちゃんとあの、 えっと、自動で動くってして横向きってやってやってんのに なんかこういう指示が圧なんか今日すごいな、やっぱり今日も あ、よく見えないんだ。 なんか縦長の昔の方向の映画見せてるよ。ほら、 クレア、クレアの影響で 電波が悪いってよくあります。 そんなことあります。あります。 太陽太陽フレアで ジャキチェーンの映画みたいに長くなっちゃってる顔。 え、じゃ、めっちゃちょっとちょっと早めに動いて 1.25 倍ぐらいのスピードでこう動いてのやだ。私 長いしぼやけて顔になっちゃう。 大丈夫じゃ見てこんな感じだよ。 手になってるよ。 変になってる。 よっぽり動かないと。 じゃあ我々じゃなさ 速ということ。 主一速ということね。 縦長になっ 縦長。 うん。 馬う馬になっちゃう。 今日今日のあの録画はあれちょっとね、 おバりしていただいて ちょっとフィルムチックにしてもらって。 そう。録画も録画は大丈夫? 録画はね、前回結構切れちゃって途中であの Google と同機してたんで切れちゃった。 Google の方がいいっぱいになっちゃって携帯は大丈夫だと。だからもうね解除しちゃいましたね。 携帯さえ開けとけば、ま、録画の方は大丈夫と。あ、誰かコメント入りました? うん。4人が視聴中だけど、ここにいる 4人。 ここにいる4人。 それは仕切ります。 さあ、ということでですね、お時間になりましたかね。はい、ということで、えっと、今日は 54回ですね。第54 回鎌倉の歴史雑談番組。 イエイ。 イエイエイ。 え、こちらがライブですね。 録画の方はそれがしは あんまり映ってない。 まあまあいい天の恋的な感じですね。ということでよろしくお願いいたします。 今日のゲストは相原孝志さんです。 よろしくお願いいたします。 2 度目。2 度目。およそ1年ぶりぐらいですか? ど、 去年の6 月ぐらいだったような日がしますね。 あの、2部じゃない時ですよね。 そう、そう、そう、そう、そう。まだ2 じゃない頃で。 うん。 だからそんなにはね、まだあの、あんまりしっかりとこう 1 時間がっつりお話聞いたわけではなかったんですけど、今日はね、え、 2 度目の登場ということではありますが、たさんの人生を 色々と伺っていきたいと思います。 さあ、早速、 え、たさん。 はい。 え、相原たさんの年齢はおいくでしょうか? 年齢は はい。 お、年齢。 あ、40年。7、7 で8になる年。昭和 50、53 年生まで。 年生まで。 年前。 あ、じゃあ年は違う。ちょっとずれるんだ。 私52年生まれ。です。 5253。 お、そうなんですね。 56だからちょい下だ。 あ、 うん。3 つ下すね。それね。 そうです。 ああ、なるほどなるほど。 いやいやいや、見た目は全然 見た目はそれがだいぶ上なんですけどね。 それそれが一番上だと思う。 [笑い] それが一番 がある時はね、言われては一番何だってまあまあまあまままままままままま ということで、ま、みんな同世代ということで世代世代ですか?どう世代ですか?並べ ということで うん。 はい。 えっと、生まれはどちらですか?ご出身は 生まれは静岡県の沼津市ですね。 あ、静岡県沼津市。 何歳ぐらいまでそっちにいらっしゃったですか? えっと、高校卒業まではでも大学園に入ってから、 えっと、もう今の神奈川藤沢です。 ええ、そうなんですね。えっと、あれですか、ちっちゃい頃は幼稚園とか保育園とかは行かれてた感じですか? 幼稚園は行ってましたね。 はい。あ、何をチェンジ? えっとね、え、 それすごいロー、 ローカルですけど、冷山寺っていう はい。 えっと、お寺があって、そこの補足のよう。 へえ。 知ってますか? 沼ずにですね。 多分ね、あの、漢字は知ってます。あの、亡霊の霊という字に山に お寺 うん。 存在は知ってますけど、そこに え、じゃあ 幼稚があるとは知らなかった。 仏法寺のレさんと同じってことですか? あ、そういうことですね。 あ、へえ。さん幼稚園。 え、どんな幼稚園時代だったんですか? ずっとレゴ作ってたとか。 いや、昔はですね、あんまり 記憶ないいんですよね。 へえ。 そう。ちっちゃい頃の記憶とか 小学校のとの記憶とかもあんまなくて。 ええ。 でもうん。ま、そう。冷山寺王チェンっていう名前はついてましたけど、お寺のこともよくわかんないし。 はい。あ、 ま、あの、えっと、沼津に木山っていうね、 あの、ちょっと 山があるんですけど、 山 そうですね。 その本当に麓元にあるお寺だった。 うー、 うん。 ま、そこのお寺の お墓とかもその金山の麓元に こう、え、 お墓があるとか、 そういうような、え、 お寺の 付属幼稚園みたいな。 うん。 なんか環境的にはどんな環境だったんですか?もう山あり、谷あり、自然豊かなって感じですか? もうね、 それとも結構都会になっちゃってる。 お金があるんですかね。やっぱ幼稚園の施設自体がはい。 結構大きかったんで幼稚園から出ることなかった 気がするね。 あ、まあまあでも幼稚園って、ま、そうですけどね。保育園と違って、 ま、短いし、学校ですからね、幼稚園はね。 ま、そういう意味では別にお散歩行ったりもしないし。 うん。 じゃあ実際は幼稚園にちょっと行って ほとんどがあの家で過ごすっていう感じですか?ま、だから 友でじゃなくてお母さんが家にいるから幼稚園って感じですか? うーん。そこら辺はよくわかんないですね。ただあの 幼稚園がどうのこうのっていうよりもあの うん。 僕どちらかというとあの はい。 あの近所に はい。 あの、すごい、あの、ご緊所さんで、 あの、よくしてくれたおじさんがいて、 え、ええ、 あの、その人が、あの、医療品かなんかの はい。 ま、タオルとかそういうやつの うん。 販売をこう、 えっと、配達で やってるような人だったんですけど、 そのおじちゃんちに 1人でもう23歳ぐらいの時は1 人で遊びに行ってはそのおじの席に座っていろんな配達先を巡ってるみたい。 そう、そう。 へえ。 親戚でもなんでもないんですけど。 手伝い。 手伝い。ただそう。ただただただ。 面白いです。 車に乗るの好き。 おじちゃんちに行っておじちゃんと配達に行って 帰ってきたら家に帰ってくるみたいな 生活をずっとしてて。 遊びがおじちゃんも楽しかった。 おじちゃんも嬉しい。 そう。おもちゃのおもちゃのこうバイクかなんかにまたって自分でこう足ぎで行って。 あ、可愛い。 毎日のように多分行ってる。 へえ。たさんご兄弟は? 兄弟は はい。 えっと、 え、実際な何て言うの? 4兄弟なんですけど。 4兄弟なんですけど、 僕の1個上の姉は資産で生まれて へえ。 あの、そう。あの、ま、だ、実際の兄弟としては 3兄弟。 姉、あ姉、あ、 私みたいな兄弟です。 そう、 そう、そう。あの、うちの息子と同じ教遇。 なるほど。 姉、あ、男。 うん。 え、じゃあお姉さんたちもそのトラックに乗ってたんですか? あ、ま、全然。 あ、全然。 全く関係ないです。さんだけが 僕だけが はい。 そのおじさん付きおじさんって言って そう。おちゃんおじちゃんって言って、 へえ。グってきて、 で、その女子席に載せてもらって。 うん。うん。うん。うん。 そのまま女、あの、なんか配達て だから、 あの、その配達行った 道とかを うん。 場所はわかんないんですけど うん。 道は覚えてて だから 今度親とか に連れられてどっか走ってる時にあ、ここはここのここを通りすぎたらこれがあるよみたいなことを言ったらしいですよ。 [音楽] そういうの覚えてて。 うん。ら で、実際にあるみたいな感じ。 うん。 そうなんすね。知ってんじゃんみたいな。 そう、そう。なんで知ってんのみたいな言われていうおじちゃんと来たみたいな言う。 小学校は何?小学校に 小学校は沼津沼ず私立 第3小学校 沼津の第3 小学校えっとまきって呼ばれる場所なんです。 はあ。き あの大戦寺とはま、ちょっと距離はあるんですか?じゃあ 大戦寺。あ、大戦寺ももう全然全然もう あの違う街ですね。 違う町。うーん。 同じ沼ズって言っても、ま、広いですね。 沼津はそうですね、合併して広くなってるんで。 うん。 こは原村とかな 名前だった。うん。 ウ津ってあれですか?東西に長いイメージですか? そうでもない。 今はね。 うん。 えっと、南北に長い。 へえ。 そうね。な んだろう。 そうですね。 うーん。 ちょうどこんなような形にしますね。 あの、す、湾があったら、川の うん。 えっと、東川にこんな形で うん。ああ、くっついて。 今、今、今こんな形になってます。 そうですね。 そう、そう、そう、そう。 ああ。で、中学校は? 中学校も同じ学なんで。 あ、うん。うん。 第3小学校から第3中学校。 あ、ええ。沼第3 中学校ってあったんですね。 そこはね、あれなんですよ。あれなんだっけ?海軍かな? はい。元々な、その、えっと、日本軍の、 ええ、 えっと、施設だったところでなんか はい。 研究所みたいなのがあったのかな。 へえ。 だから、あの、中学の はい。 裏山みたいなところに うん。 あの、登ってくところがあって、 それ登ってくと、 あの、貯水 うん。池みたいな のがあって、そこはね、あの、中学時代お化けプールって呼ばれてたんですけど、元々陸、あの、その 日本軍の その研究施設のためのうん。 うん。 うん。 えっと、貯水 みたいなのが 誰か埋めるみたいな いやいや、させるみたい。そういうのじゃないと思いますけど、その施設に水を引くためのたみたいですけど。 何を持っておバケプールって言われてたんですか? いや、もう使われてなくて廃墟になってるからってことですよね。 うん。 へえ。 どんな小学校、中学校その幼少時代は、ま、その頃なるとだいぶ物心がちょっとついてるんじゃないですか?ちょっと記憶も少しは。 ああ、なんかね、やってることが結構独特で はい。ええ、 ランドセルは当時 うん。みんな女子は赤 うん。 男子は黒みたいな。 中なのに うん。うん。 グリーンみたいな 小田さんが色々着てるような色にもう少し緑がかった。 うん。 うん。 色の うん。 あの いい色じゃないですか? ランドセロ。 うん。 はい。 もうね、全学年通して 1人ぐらいしかいないみたいな。 うん。うん。それ自分で色ったんですか? いや、そういうランドセルを親に当てわれて。 あ、当てわられた。選んだんじゃなくて。 選んでない。 選んでないんだ。 品物自体も黒と赤がメインで たまに茶色とか あ、たけどね、 あるかなっていう。 なんかなんか今はね、いろんな色のあるけどそう。 その頃はね、 いないもんだから目立つ目立つみ 目立に目立つ目立したいことはなかったんですけど、 それはなんでそのランドセルになったんですか? お父さんとお母さんが 与えられたから。 与えられた。 なんか意図があったんじゃないですか? わかんない。 うちの子だけは違うのにしようみたい。あ、ま、でもね、そういうのはね、新しいもの好きとかえ、 そういうね。 まあ、母親もなんかね はい。 ちょっとこう、 あの、ピアノさせたりとか はい。 あの、姉もバレーやったり。 うん。うん。うん。 で、僕もその姉がバレーやって、そう。姉がバレーやってるのに ひょこひょこう姉の贈り迎えに うん。うん。 あの、母親に連れられて一緒に行ってて 僕もやる。 ていうことを言ったらしくて、え、 3 歳ぐらいから 小学校34、4 年生ぐらいまでやってた。だ、だいぶやりました。 アタックナンバーワンのバレーじゃなくて じゃなくて クラシックバレーです。 ああ、 つ先でくるくる回るやつ。おじ様の 200とかやったんですよ。 へえ。 ワまではやってないんですけどでも 沼津市内のその、 やっぱしバレースクール みたいなのがこう一度に返してやる発表会みたいなのも あったんですけど 市内に1人しかいない。男の子。 男の子。 それは珍しい。 そう、そう、そう。なんか股間からこうなんかこの それコントです。 それコ長みたいなのが でもやっぱ物心ついてくるとやっぱね、タツとかそういうのがね、嫌でしょうがなかった。確かもね、ね。 [音楽] だから、ま、そういう意味ではちっちゃい頃から舞台とかそういうのに立つのは うん。 慣れて うん。うん。で、 あ、え、何歳ぐらいから舞台に立ってるってことですか?じゃあ、 3 歳ぐらいから。 おお。え、じゃあもう迎歴 40数年とですか?迎 で言う やば。物の2人の中でもしかしたら1 番迎歴長じゃないですか?このあずさん出てきた時だってね。 20 何年迎歴ですって言って投げみたいな感じだったけど 40 何年? いやいやいやいやいレベルです。で、そうだけど、ま、小学校に入って 今度あのボイスカウトっていうか株スカウトっていうのを始めてへえ。 そっちの方がね、土日忙しくなっちゃって、 あとはやっぱね、あの少年心みたいなのもありつつちょっとバレから離れていて [音楽] 全部ボイスカウトばっかりやってました。 ボイスカウトって何あるんですか?なんか軍隊的な感じなんですか? 元々はね。 はい。 あの、要は少年ですね。 イギリスのアメリカイギリス イギリスですね。ですか? うん。 あの、 ま、軍隊ですね。 年うん。 ちょっとあんま詳しいことも忘れちゃったんであるんですけど、ま、ま、スカウティングつって要は偵察ですよね。うん。うん。 偵察のために使う その技術みたいなのをこう えっと少年たちに教えてたみたいなやつが始まり [音楽] うんうん うん。 それが展じてなんかねバーキューやったりとかサバイバルやったりとか 自然の中での工作とかね。 あとボランティアとかね。うん。うん。 だから急にね、ひこせって言って、何秒以内にひこせって言ってやったりするんじゃないですか。みんなでやったりとか、お前仕格かだとかって そこまで厳しくはない。 そこまで厳しいのはないですけど。 僕は苦手でしたけどやっぱあのロープワークとか うん。 あ、結び方ね。 そう、そう。い ろんな結び方ありますからね。 炊き出しとか。 炊き出しとか。 う、 あとはまあテント貼ったりとかナイフで矢を作ったりとかね。 ああ、そういうのはやりましたね。うん。だけどまうん うん。 うん。そうですね。まあなんだろうな。ま、集団行動 うん。 うん。 集団で要は起を守りながら行動するとか [音楽] そういうことが多かったかなと思ですね。 あ、でもなんかボイスカウトの挨拶の仕方で坂が使うって聞いたこと。 そうですよね。さすね。 うん。 うん。 今でも嫌さかね。 ね。なんかあれ不思議な感じがして うん。坂って言うのかな。 だから、ま、発症がイギリスであってもね、え、 あの日本の日本の伝統的な そう和の軍隊の部分もちょっと入ってのかも入ってのかなんてちょっと思ったことがあって うん。 それびっくりしたんですけど みんなで投向でえっていたりするんですか? しないですよね。 しないですよね。全 性にやったりする。 たりで ま、サバイバルナイフの使い方とかね、そういうのありましたけど。 [音楽] うん。そうですよね。 ナイフとかね、火を起こすとか結構大事ですもんね。人間の命にとってね。うん。うん。 [音楽] で、まあなんか別にだからそれで何でもかんでもできるようになったかって言ったらそうでもないですけど、 まう、 ちょっとや、そっとのことで うん。 あんまりこうなんだろう、弱を吐くとか そういうことはないかな。気がしますね。だからなんかうん。 [音楽] あの、汚くてここじゃ寝れないとか そういうのとかはないですし。うん。うん。うわ、虫だ。 見だとかっていうし、ま、対象方法とかもある程度は知ってるし。 [音楽] うん。 じゃあみんなで虫を一緒に食べたりもするんですか? 虫を食べるはなですね。 ああ、ないんだ。 ま、でも沼津だとね、海あり、あるけですからね。 あんまり虫は食べないのかな? いや、そもそもスカウトとかで虫を食べるって聞いたことないですけど。 食べるんじゃないですか? 自衛隊とかではなんか蛇るとかって聞いたことあるですけど。 多分でもね、山梨とか長野とか 長野も虫食べますよ。 そう、そういうね、あの、 うん。あの、海のないとこだったらやっぱり生で虫を捕まえて食べる。生で うん。 芋虫チュッとかね。 いや、すごい。 そう。昆虫食で言えばうち実家がその うん。 親がやってた商売が あの、田に漬け物のおろしをやってたので。 へえ。なんで 稲子とかそういうの煮とかはあのお店でも取り扱ってたんで 全然それは僕も無理。 ええ、 無理。 ちょっとジャリジャリしますけどね。 じゃあリってしますからね。 お家はじゃあ自営業で 自営業ですね。 ああ、お店。お店とかもおろしって言うとちょっとお店とまたちょっと違うか。 まあなんでしょうな。 何個かお店が集まって市場みたいなのを形成していて、そんな中で、えっと、店舗をやっていた。 [音楽] うん。うん。 ま、実家でもその うん。 やっぱ商売で配達とかもあって、ま、そういうのについてったりとかも [音楽] してはいましたけど、でも家、家とね、家と うん。 あの、今日お店と うん。 住居が鼻全然通り場所だったんで、そんなに頻繁にって感じじゃないですけど。 [音楽] うん。ああ、 年末とかになると うん。 こう、お正月とかそういうものの うん。うん。 あの、こうなんですか、半になるので うん。 もうちっちゃい頃から あのなんちゃう 12月の15日ぐらいからうん。うん。 こうお店の手伝いを し始めてだから冬休みっていうのを うん。うん。 年末の冬休みっていうのを大学生ぐらいまで 感じたことがなかったです。 うん。 あ、そう。 そっか。そっか。そう。 ま、でもお店とちょっと距離が離れてるから仕方なく近くの近所のおっちゃの トラックに乗ってたわけですね。 仕方ない。 ま、ま、ま、あの、親は、あ、父親はいないし、母親は家にいましたけど、 別に母親とずっといるわけにもないんで。うん。 それでね、うん。うん。 うん。 その近のおじさんが可愛がってくれてて、そこに行って うん。うん。 そう、そう、そう。 なんか小学校、中学校とかでなんか部活とかクラブとかそういうのはやってなかったんですか?そのボーイスカウトとかバレー以外は小学校の時は はい。 どっちかって言うとな、その、ま、ボイスカウトやってたからっていうのもあるかもしれないですけど子供会とかそういうの うん。 あの何、えっと、リーダーとか そういうのとか、あと が学校の学の町内会のその [音楽] うん。 町内子供会長みたいなのがみんな集まってるところのさらに リーダーをやったりとか うん。うん。て言って他のバッグとこう交流を持ったりとか へえ。 そういうのが多かったですね。 あ、じゃあもうその頃からとか リーダーシップでね。 うん。 いやつね。みんな怖いつってね。いや、 こい。 あの学校しに行くぞ。違う違う違う違うやばいやばい。 それはちょっと違い違うタイプ みんなで先制を締めに行くぞとかね、先行を閉めに行くぞさめに までもね、生徒会長とかそういうのをやるとかそういうことではなくてあのがね、 [音楽] その外活動の ああ、なるほどね。 あとは ギャングエイジのとの 違います。 あとはまあなんだろう。歌うを歌うのが はい。 うん。好きだったのか得意だったのかわかんないんですけど うん。はい。 なんかこう学校の中の先末に選ばれてす 合コンク来るとかいたりとか は すごいすね。 ありましもね。 あ、なるほど。 ミュージカル。 いや、でもで、でもあの物の 2人とかでね、声もすごい声も ただ声がでかいだけなんです。 いや、でかいだけじゃんね。ね。でかいだけじゃ。 そう。うん。へえ。 さあ、じゃ、高校はどこ? 高校は はい。えっと、沼津の 第3高校、 第3、沼津の唯一の一の 沼津 私立沼津高等学校っていう。 へえ。 それはね、ちょっと 姉の影響があって はい。 姉の姉も同じ学校って え。はい。 で、姉の話を散々こう はい。 聞いてて、 ええ、 面白い先輩たちがいっぱいたんですよ。 がてくる先輩たと 仲が良かったというかんな話を聞てて、ま、ちょっとそういうなんかクラ クラブっていうかその うん。 なん、部活って言ったら変ですけど。 うん。うん。 あの、そういうなんか生活をしてみたいなと思って うん。うん。 何も考えずにその学校入った。 うん。うん。 円札的にはもうちょい上の学校行けたんですけど うん。なんか、ま、面白そうだなつって 感化されて入った感じですね。 で、そのお姉さんが楽しんでたクラブ活た何なったんですか? えっと、姉は演劇部だったんですけど、 ええ、 演劇部の隣の物質がえっと漫画研究部だったです。 漫画研究の人たちがちょっとぶっ飛んでる人たちばっかりで、え、え、 ちょっとあのね、公共の電波ではね、あまり言えないような はい。 ことを僕もいっぱいやりましたけど、犯罪犯罪ではないですけど、え え、 学校に知れたら、あの、今頃なんだどうなってんだろうみたいな。 低学系な。 え、そうなんですか。 ちょっとP流すんで行ってください。 いや、あの、 生放送でPは、P話だ。かからない。 そう。あのね、物の鍵はね、部長とが持ってるわけじゃないですか。だ、物質でも入れるんですよね。 さえ、超えちゃえば、 超えちゃえばって言い方しますけど。 自分が部長なんすね。 あ、そう。あの、僕が入った時に はい。 あの、もうその先輩たちは姉と同学年の人だったんで、 [音楽] あの、全員うん。 卒業しちゃってんです。 うん。うん。 だからその先輩たちが面白いなと思ってはい。 行ってみたら誰もいない。 そしたらあのうん。 ザあの漫画好きですみたいな うん。 先輩が1人だけて 1 人だけてあんま喋ってもくれないようなが 1人だけて その人がすぐ引退しちゃったんで。ええ。 そうすると入ってきた1 年生の中でじゃあ誰部長やるつたらじゃあ僕がやりますって言って 部長をやってたんですけど そうなんすね。 漫画研究会で 漫画研究部で じゃ漫画もかけるんすね。 ま、エゴコラ確かありますけど、僕は漫画うん。 [音楽] 漫画研究部の漫画を研究したくて入ったわけじゃないんで、 [笑い] もうね、その物質がね、もう、 ええ、 あの、皆さん年代的に究極超人あるっていう気って人が書いた 漫画があるんですけど うん。 まるでそのまんまですね。 あ、いいね。 あの、OBが 土佐物質に入り浸ってるって。 へえ。 あの授業終わるじゃないですか。行くじゃないですか。ガチャって あ、影を開けようとするともう開いてるんですよ。 なんでだっていうこだけの話が相も何個もダメなんすね。 学校に侵入侵入できるんすね。 そうね。ホビだからガチャって開けると電気もついてるし。 うん。 あの先輩が1人いるんですよ。 ええ。タバコ吸ってみんなでタブロしてるんですか?大びた。 タバコとかは吸ってないんですけど。うん。 でもあの畳が引いてあって、ま、もちろん漫画研究部なんで うん。うん。うん。 こう壁に漫画が覚えてあって、でもテレビもあって水炊飯ジャーもあって、違和菓式もあってて [音楽] で真ん中にこたつがあって 暮らせるんですか? 暮らせるみたいな状態だったんで。え、 そう、そう。 で、行くと、 ま、ま、その先輩も うん。うん。あんまりこう人と [音楽] 喋っぱ喋るタイプの先輩じゃないんだけど いつもいるていうね。 あんた何やってんだみたいな先輩がい。その先輩は高校とか大学行かずにずっと その先輩はね えっとうん。 あれ忘ったかな?隣だったかな? 受け続けてるっていう。 人だからずっとそに入り立ってる。 そう、そう、そう、そう。なるほど。そう。受験勉強しない。受験勉強してた はしてるとか見たことない。 [笑い] 田中高東大を目指しつついのに 高校の 暖ロとかねしつつ 物質にこもってたとかそこで生活して多分その先輩の近況としては僕が うん。1 番あの直近で知ってる近況としてはあの沼ズの 作ッカーチーム うん。 あのね、サッカーチームのね、名前がね、すごい言いにくい名前なんで、なんだ、なんだってかな。まあまあるんですけど、あの、 うん。 えっと、ゴ中山がうん。 あの、多分監督かなんかやっ ええ。そうなんですか。 チームがあって、それのあの、多分応援団みたいなものをやってる のは見ました。 最新情報。 最新情報。あ、 僕の中のね。 あ、そうなんすね。じゃ、元気に 元気が 良かった。 そう。 今も質にいたりはね、もうね、校舎とかもうセキュリティとかが新しくなってそんなことないですよ。 そういう時代じゃないね。今 30 年前ですかね。 色々だって話聞くとね、今無理そうだなっていうことは色々と ありますよね。も 本ん当もう事項だから言いますけど、 あの、 その 学校の屋上で初日のを見てましたからね。 うん。 うん。 絶対ダです。 今ね、今の世がダメですけどね。当時は比較的大丈夫でしたよね。 いや、ダメだったと思いますけど。 いや、でも結構ね、冬にとか入ってキャして遊んで 入っちゃいけない屋根の上とかあの屋上とかい でなんかワイワイ登ったりとかした。 今さっき言いましたけど自営業なんで うん。 冬休み年末の冬休みってなかなか なくてうん。うん。うん。 だから僕も冬休み入っても物資さ行けなかったんですけど、多分その先輩たちはピ立ってて うん。うん。 で、えっと、大晦は うん。 鍋とガスコンロを持ち寄って お。 あの、物質でこ 年越し 年越しの、 あ、なんか鍋をやってると次から次と パラパラとOBの先輩のたやつ。 めっちゃ楽しそう。 来るっていうね。 なるほどね。 だから現役の うん。現役のあの僕の同年代の女子たちは そういうのが耐えられなくて物質には立ち寄らないていう 野郎ばっかり 漫画研究したいのに入り浸ってる OB たちがいるからなかなか行きたくないとねあの ね今で言うBL とかそういうのが好きそうな女子たちだったんですけど そういう子たちからすると何や先輩つもいるのみたいな までもそういうこと仲 くなりたくて来てた可能性はないんですか? ま、ないですね。 あ、ない。ない。 単純に行きまらなくて 単純に好きだったのかみたい。好きだったのか他に行くところなかっ。 で、ま、うちの姉とかもね、だからやっぱそのあ、 卒業してから うん。うん。うん。 ま、なんかの機会に はい。 やっぱその 演劇の物質じゃなくて うん。へえ。 漫画研究部の あ、うん。うん。ことそんなんです。 ただね、自衛隊やってたんでね。そんなに帰ってこなかったんで。 うん。 入り浸たるみたいなことはなかったですけど。 あ、お姉さん自衛隊に入ったんですか? 自衛隊で2人ともうと あ、そう、 ま、僕の長上のは自衛隊に入って自衛隊でお姉さん何をされてたんですか? [音楽] えっと、言うても演劇部でのうん。うん。 あの、オタクキスの うん。 うん。うん。 あの、あれなんでみたい 自衛隊は基地通信体っていうのにちゃん へ 陸上自衛隊ですね。 富士学校とかそっちの方じゃ毎日鉄砲 鉄砲はもちろん持ってたと思いますけど 僕はだからもうそれが怖くて姉には逆らえない。撃たれる。 いつ撃たれるかわかんない。 逆らと撃たれる。 でも、え、今でも自衛隊に、 あ、もうそれはあの、 えっと、 今呼自衛、 え、 どうなんだろう。予備自衛官になってんのか。 自衛もやめて、 自衛官はやめて、えっと、 うん。 そう。あの、当時その結局自衛隊って入ると うん。 あの、自衛隊学校出て 入ると うん。 あの、そう うん。うん。うん。うん。 陸ソとかあの海層とか空層とかっていうのに三 索なれるんで三層 普通にこう高校卒業とかで入ると うん 陸シとかとかで死ってんです でえっと1年ごとにこう階級が うんうん えっと 2等士一 等陸士で陸士長になってうんうん でそこから上に行くによそう うん 試験受けない うんうんうんうんう うん。ないらしいです。その試験は受けないで やめてるんで何年ぐらいた? うん。数年間はそこで じゃさん大学はどちらで? 大学は えっと神奈川の湘南高架で はい。湘南高大学 へえ。先行は 先行は情報工学ですけど、まね、今さっき言ったように高校では遊んでしかいなかったので [音楽] 勉強とかしてないんで、 ま、とりあえず入れる大学でうん。 ほお。 で、あとはやっぱなんだろう、ゲームとかそういうのが好きだったんで、ちょっとコンピューターに 関係するところみたいなの考えもなしに入りました。あ、そうなんですね。 [音楽] 大学の頃はでどういう生活を青年時代は 大学の時はですね、 ちょうどインターネット創世紀みたいなうん。 時なんで うん。 で、まあね、周りの うん。 え、友達とかも うん。 まあな、コンピューターオタ子たちがいっぱいいて [音楽] うん。うん。うん。うん。 ま、そういう人に僕はちんぷんカプンながらもうインターネットのこととか教えてもらってうん。 うん。うん。 あれですね。当時チャットとか うん。 はい。はい。はい。 あの、インターネット掲示板とかそういうの、 ありましたね。の創だった。ありましたね。 そういうので知り合った人たちと うん。 遊んだりとか。 うん。 あとは、えっと大学の えっと学事コインみたいな うん。 に うん。 え、 入って、 で、3年間ぐらいやった。 ほお。 ああ、すごい。 すごいす。 やっぱりそういうまとめ役って好きだったんですよね。 ねえ、子供の頃から常に リーダーシップをあ、どちらかというと観客よりも うん。 あの、 作る側にいたい、こう、 やってる側になりたいのがあって、 感でいる時の虚しさが僕すごく嫌い嫌なんが 部害者感みたいな。 あ、ほ だったら内側の方が楽しいちゃうて。 へえ。 そうか。ゲストよりホストの精神。 うん。 うん。好き勝ってやってましたけどね。学さ。ま、 うん。 あの、大学のその学の実行員の先輩たちも うん。うん。 もうはちゃめちゃの人たちが多かったんで ああ、 あの夜中の2 時に電話かかってきて、今から自然地のとこの家行くぞとか言って言われて 借り出されてみんなであの あ ね何人か車乗ってるやつに乗って うん。 車線寺まで行ったりとか。うん。 へえ。 神奈川にいるのに。そう、 とりあえず特攻行くぞ。特攻て言って。え え、 僕はだから地元が静岡なんで特攻のがどこにあるかも知ってるんだけど死ぬ新潟とかから来てるあの友達とかもいたってこってどこみたいなこと言う。うん。うん。うん。 [音楽] へえ。 そう。自前寺とかそういうところに夜中行ったりとか。 うん。 あとはなんか富士山行くぞって言われて 富士山行って あの5 号目まで行って友達が富士山んどこだよつっていやこだよて言った。 ふさん見えねえぞってもう海中入っちゃってるからふさん脱てお前ここだよとかいうそういうバ鹿なことをねやってたりとか へえ。 うん。 じゃあもう大学の頃はもう 4年間ずっとそんな感じで そうですね。でもやっぱそのインターネットで知り合う人たちのが こう まは学生で面白いんですけどね。 そういうはちゃめちゃの先輩たちもいったんで面白かったんですけどうん。 やっぱこうインターネットで知り合う人達って普段多分きっと知り合わなかっただろうっていう人たちとの交流がやっぱ新鮮だったんですよね。だから結構そっち側にのめり込んでよく東京とか行って 交会っていう呼ばれるような参加したりしてうん。ありましたね。 うん。 うん。割とまあ今でもね付き合いやつとかはいますけど。 うん。 うん。ま、オフ会なんて当時ぐらいしかもうないんじゃないですか? いや、今でもありますよね。 あ、そうです。ま、でも今はなんかこう、 あの、他の趣味が例えばレゴだったり、レゴだったりとかそういうのがあって うん。うん。 普段はこうあの Xとか うん。うん。うん。うん。 あの、Instagram とかそういうので交流をしてるけど 実際にみんなでそう天実会みたいなのをやろうっていうのはもうオフ会っていうような呼び方をしたりとかね。 してますけど。 そっか。ま、ミクシーの時代とかね、 Twitter とかやっぱ匿名性高いとオフ深いっていう感じは 確かにするかもしれないですね。 普段だってネットでしかね、やり取りがないからどういう人かも知らないけどみたいなね。 でもミクシーの時代はある程度ミクシーってコミュニティって言ってジャンルが決められたコミュニティの中で喋ってたりするんで、ま、気の合う仲間みたいな感じですけど。 [音楽] うん。 そのインターネット始めた当時の掲示板とかって本当も 上はうん。 うん。うん。なんか 不思議な人たちがいっぱいうように。 そう。今の僕ぐらいの年齢の人から高校生とかそういうのがまでいて それがみんなでね、こう遊んでたりした。そうです。 それがね、ちょっと面白かったかなて。 うん。確かにね。厨房っていう言葉もありましたからね。中学生がいっぱいてね。 ああ。 うん。厨房ってあのほら台所の厨房って書いて。 厨房って書いてから中学生たちのことっていうね。うん。 だ、それはね。 うん。もう、もうちょっと後です。 2 チャンネルとかだから もうもっともっとあれです。 だからま、なんか テレビとかこでそのうん、 い、テレビとか見ながらね。 うん。 あとは、 えっと、当時はインターネットもテレ放題っていうのがあってへえ。 夜の8時から朝の うん。 はい。8 時までは低学料金。 あね。料金結構。 うん。それ以外は 重課金なんで 繋いだら繋いだけお金かかっちゃうからじゃインターネットやるのつったら夜中みたいな 目覚ましテレビが始まったら寝ましょうみたいな 感情やってたり 確かに電話線につがないといけなかったですもね当時ねピー そうそうそうそうそう ピーつって懐かしいな そかだんだねやっぱそういう生活してる と学校もね、 おろさになるじゃないですか。 分かります。でもなんとなくね、 3 つ離れてますけど、なんとなく同じような記憶あります。 夜中に起こされるっていう ネットの世界の住人たちに。う ん。 で、あの、当時はそのパソコンのこのなんですか、パソコンの中の [音楽] あのやり取りするための ICQ っていうソフトがあってうん。うん。うん。うん。 うん。 なんかあおあとかいうこうメッセージが来るとそういうようなのがなってまそこも大体けっぱなしにしてるから。 [音楽] そうそうそうそうそうそうそうね。 それがの時代はやっぱその厨房とあとそのヒッキーっていう うん。 ああ のがウさかいるっていう 時代ですけどね。 そうですね。だから うん。 だから僕とかが大学生を卒業 うん。 になるぐらいはその 2 チャンネルとかそういうのがこう流してきてたんであれですけどうんうんうんうん [音楽] あの本当に我々がインターネットやってなんか遊んでた頃は うんでしょうね語る 掲示板とか そういうぐらいのあれしかなかったんでもう 本当にもう日本全国 どこの人かもわからない人たちが こうよなよな喋ってるね。 うん。 それも別に喋るつっても文字だけでの会話だから。うん。まあ、そうですよね。 [音楽] だからなんかそういうのでね、 うん。 なんかじゃあ誰かが言い出しやろうとか言って うん。うん。うん。うん。うん。 結構40人とか50人とか集まって うん。うん。 でもそこに行くまで顔も名前も知らねみたいな。 うん。うん。 ありました。ありました。 そのニックネームだけしか。 そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう。 でも逆にそこで あって、あの、別にインターネットの中で喋ってなかったけど、仲良くなった人がうん。うん。うん。 で、お互いにね、あの、うん、うん。 その人が関西だったり、観光だったりすると、じゃあ今度泊まりに行くねとか言って、泊まりに行ったりとか、 そういうことをやってて面白かったんですよね。 うん。うん。 名古屋の人は名古屋のちょっと年上の人は遊びに行くねって言って遊びに行ったらいいきなりバニーガールの店に連れて行かれて まず大学生の時にドギマギしてバニーガールって あのなんか黒でこう黒い耳でみたいなイメージあるじゃないですか。 すんごいカラフルな レオタードみたいな あのバニーガルがいっぱいいて あ、名古屋ってすごいなとか なるほどね。 名古屋らしいって感じですかね。信長のうん。 なるほどね。歌舞伎物が多いって感じですね。だからだから大学時代はもうちょっと うん。 あれこう遊んだし、 ま、見文も広がったしなんかそういうところでなんかうんたんでしょうね。 [音楽] いろんな人が世の中にいるんだなみたいなのを [音楽] 知ったかなっていう感じしますね。だ、それまでは結構 おいというか うん。 なんかこう自分の殻にこもってることがありました。 うんうんうん。 えっと、大学卒業してもすぐ就職ですか? 大学卒業してすぐ就職しましたね。 はい。ええ。最初就職したのはどんな仕事だったんですか? 最初就職したのがもうそれもあんまり考えずにどこでも仕事できればいいやっていう感じで。 ええ、 就職したんで、とりあえず、うん、 えっと、えっと、試験受けて はい。 何社か店はもらったんですけど、その中の一社にえ、 行って、ま、それは横浜か、 横浜銀行と はい。 富士通がこう なんか、 えっと、便というか、 ええ、 えっと、視してやってたような会社。 うん。銀行のシステム系の会社。 はあ。 で、実際僕は銀行系の仕事しなかったですけど。 うん。うん。その会社の 中で やっぱ変わってた人間なんで うん。うん。うん。 どっかの えっとなんかこれしかやらないっていう部署に入ったんじゃなくてその会社の中で あの先端技術とかそういうものを うん。 研究して うん。 こうなんだろう ソリューションに変えてくみたいな うん。うん。 部署にえ、 て、ま、そこの部署の 人も返人しかいなかったですけど、 なんかもう返人としか出会ってないようにしか聞こえないんだけど。本当ですね。 これまでずっと出会ってきたと全て返人ですよね。です ね。みんな返人しか周りなかったみたいに聞こえるけど。 でもでもね、あの相原さんは比較的まともな感じ。 あ、ま、そうですね。 でもその返人を束ねる常にリーダーし。そう、 そう。いや、いや、い、そう。 何年ぐらいそのお仕事されてたんですか? それはですね、えっと、 うん、3 年ぐらいか。 うん。 えっと、ま、その うん。 事業推進部っていうその 研究とか要は会社の中のシステムを管理してるとか部将から ちょっとね、なんかうんうん。 ご転換というか うん。 その決が うん。 あの、なんか発血かな?発血違う違う。 結かなんかになって、 えっと、 うん。 決意が出ちゃって そこにまうん、 ま、その事業推進部って要はあの直接部門じゃなくて関節部門なんで、ま、そこに ポッといたからとりあえずお前来いって言って行ったところが医療事務の あの部署で、ま、そこがね、もう すごくて すごい あの要は全員者が うん。病気になっちゃってもう うん。 会社に来てないわけです。 で、引き継ぎも何にもなしにお前これやってって言われて何も知らない仕事をうん。うん。 それも20 うん。 死のあのうん。うん。うん。 うん。 それまで大概的なこと何もしてなかった。 うん。うん。 が周りにそのことをやる人誰もいない会社のね。 うん。うん。うん。1 人でやってて。うん。うん。うん。 もうだから残業時間だけでボーナスを超えるみたいな のが3ヶ月ぐらいつっ。 へえ。へえ。 これはなんかなんか人としての生活ができなと思って うん。うん。 あの、ま、そんなこんなでお金も溜まっちゃったんで。 うん。 おお。 で、その頃ちょうど知り合いに一緒にお仕事しないって言われて誘われてたんでうん。うん。 じゃあお手伝いしますって言ってやめやめて。 はい。1 年半ぐらいフリーすみたいなことね。 やってましたけど。 うん。うん。 でもずっとコンピューター関係ですね。 そうなんです。 ああ、そうなんだ。 で、頃からあのレゴの世界に入ってたんですか? えっと、えっと、レゴンを始めたきっかけは大学の時です。 大学の時に やっぱ大学にね、ちょっと変わった先生が ええ、 新しいものを、 ええ、 大学の中に取り入れるみたいな感じで、でもマインドストームっていう、 あの、プログラミングでこうロボットを作れる。 ハグマとかもいっぱいついてる説で。 結構でかいやつでなんかワンセットになって出たばっかりので うんうんうん。 それはそれを えっと3セットぐらい うん。 その、え、女教授が買っててなんかえ、 ちょうどなんか自由選択の授業みたいなのがあって、 で、僕はその先生のが選んだら、お前何やるって言われて、何があるんですか?つったら、その、 そのキットが こうケースの中に入ってて、 これをこれやり面白そうなんですけど、これ何ですか?つったら、 そのレゴなんだっつって、それまでだから僕レゴあんま触ってなかったんです。うん。 うん。 で、それを渡されて はい。 まあ、なんか、なんか作ってみたいなやってみてって言ったら面白かったんですよね。うん。うん。 あの、 なんだろう、そのコらのおもちゃを うん。うん。うん。 別にこれ使えば自分でプログラムしちゃえばお、こうなんかシンバル叩く押さるみたいなやつとかそういうのも作れるしうん。 おもちゃ何でも作れるんじゃんって思って。 うん。うん。うん。 で、そこからちょっとはまってうん。へえ。 うん。 でもそれがね、当時ね、 ワンセット2万6000円ぐらい3万3万 2000円ぐらいだったかな。 だったんで、 いや、学生の自分買えないじゃないですか、なか。うん。うん。 で、えっと、海外から取り寄せなきゃいけなかったとかそういうのがあったりしたんで、 どうしようかなとかって言ってて、 あとはその インターネットでコミュニケーションを取るっていうのに慣れてたんでうん。 うん。 あの、な んだろう。それを うん。 もうすにや日本で率戦してやってる人たちのコミュニティに入ってたんです。 うん。うん。うん。うん。うん。うん。 で、色々やってるんですけど、その人たちはね、どっちかっていうとロボット工学とか気候工学の方から要はロボットとかを作りたくて入ってきてる人たちなんで、 [音楽] 僕はどっちかっていうとちょっとなんかソフトウェアの方に入ってあんま機械のとかロボット作ったりとかっていうのはうまくなかったです。 [音楽] うん。うん。うん。 だけどそういう人たちが作るロボットってすごい あの動きとかもすごいんだけど うん。うん。 何分レゴっぽくなかったんですよね。 う、 レゴって可愛いもんじゃんみたいな。 なんかもっと聞かせられるのにと思ってるんだけど、そういうのをやってる人が [音楽] うん。 そのコミュニティの中にいなかったんで、 僕はそこをやろうと思って おお。 そう。アイデアで行こうと思って うん。うん。うん。うん。 で、やれ始めたら、 やり始めて色々こう持ってなかったんで、こうレゴもいろんなところが買い漁ってたらうん。 [音楽] うん。 日本のなんだろう。 うん。 日本のお城シリーズっていうか あ、ありましたね。 忍者シリーズみたいなやつあって、それを見つけて ガーって買った時にうんうん。うん。お城が好きだったんですけど うん。うん。 要はもうね、 あのが外国人の考える うん。 うん。 日本の城だから全然日本の城じゃないですよ。 [笑い] うん。雰囲気だけ。うん。うん。 こんなん日本の城じゃないよって言って、もう僕はもう元々白次だったから、 じゃあそれを買い漁ってそのパーツを使ってうん。うん。 お城を作ろうと思って なるほど。 作り始めたのが ちょっとあれして日本ぽくね。 うん。 ていうか、えっと、あ、その時はね、合津松城とかうん。うん。うん。うん。うん。 あとは姫路城とかそういうの写真とかを うん。 見て、 ま、それっぽく作ってうん。うん。 うん。 こう作品を作ってそしたら、ま、逆にロボット作るやつよりそっちの方にはまってちゃって 今に至るみたいな感じ。 うん。 それで結局あんな家にどの部屋なか分かりませんけどなんか 1 部屋もう全部レゴみたいな。そうですね。すごい。もうこういう状態ですよね。 こういう状態で出るわ。 そうですよね。この家は鎧いばっかりだけども高橋さんの家はレゴが山積にね。 山積みていうかこう棚になってこうわ入れてあるような。そう。 あれ下の方引っ張り出すと上がってなくやつ。 あ、全部コンテナーになってるんで。 なるほどね。 ちゃんと出せるようになってるんだ。すごいな。 だけどもう うん。 もう20 年ぐらい出してないやつがあるんで。 そうですよね。 え、でもお子さんは楽しいんじゃないですか?そんな方。 えっとね、なんだろう。ま、僕のものなんで うん。 触らせないという。 そうなんだ。なるほど。そっか 触っていいよコンテナに 2 箱ぐらいわサさってあってそれは自由に使えるし、 あの子供たちが自由に使えるやつもあって、でも面白いのがこのってじゃ、あの僕なんかもうパーツごとに [音楽] こうパーツケースみたいなこう棚にね全部並んでるんですけどうん。 ここのやつ使っていいよって 言って作ろうとすると何も作れないです。 うん。うん。 へえ。 要はどのパーツを使うとかっていう概念がないから。 へえ。 ざに入ってる中からこう見つけて作るっていうのはできる混ぜになってる 状態でドパーツを選び出してあ、あのパーツあのパーツって言って作るっていうことではないな。 [音楽] うん。 へえ。 ごちゃってなってる中で、あ、これいいな。これここにいいな。あ、でもこれくっつけるとこの形にもなってくるなみたいな。そうそう。クエ。子供の時やっぱこんな箱にとかそのごちゃごちゃに入っててやつ遊んでた。う ん。そう言わしながらね。 そうかもしんないですね。大人がもうすに知識があってまとめて整理してあるものと 子供はそこまでのね、まだイメージっていうかあれをはこういう風にできてるみたいなのがないから うん。あとどんなパーツがあるかかっていうのも全部分かってるわけじゃないから。うん。適当なところから探してあ、これでいけるかなみたいなやってみてってとこですもんね。 [音楽] そう、そう、そう。 ま、そこからちょっと発生するとあのよくね、レゴが好きだからっていうのをみんなに知られてて、 あのうん。 何ですか?あのお母さんとかママ友さんとかから レゴうちどうしたらいいんですか?ぐちゃぐちゃなんですけど、僕はぐちゃぐちゃのままでいいですよって。 うん。うん。うん。うん。うん。 整理したいのはもうレゴオタとかなんかこういうものをがっつり作りたいっていう人は整理してた方が作るの早くなるけど 子供がそうんだったらぐちゃぐちゃのままでいい。うん。うん。うん。 それはなんでかって言うと僕の理論としては うん。うん。 僕らが子供の頃って辞書引いたり目的の辞書。 [音楽] の言葉を引いた時に うんうん どうしても周りの言葉とかも目に入ってそれを読んだりするじゃないですか。それでなんかあの目的としてはいなかったけどなんか面白い知識が入ってきたりしたあこういうこともあるんだとか知ることができたそれと一緒で多分レゴもうんうん こが欲しいなとかっていうのを探してるうちにあっちのポーツも使えるかもとかそういうイマジネーションが 広がる方があの僕はいいと思っててうん。 そうね。そうね。 だからもうぐちゃぐちゃでいいです。 その、ま、片付けられる範囲で 与えてあげた方がいいです。 片付けられないのも子供にとってストレスになっちゃうんで。 うん。うん。うん。うん。 遊びでストレス感じると嫌じゃないですか。うん。うん。うん。 だからなるほどね。 面白。 ちなみにお仕事としてはレゴはどのぐらいやってたんですか? えっと、レゴそうですね、あの仕事としてやったのは、ま、 コンピューター関係に訳けがさして 1 年半ぐらいこう職人仕事をやってたんですけど、 外のね、現場仕事みたいなのやってたんですけど、その時にうん。 [音楽] レゴランドがレゴランドの内のディスカバリーセンターっていう東京にできるって言った時に、 ま、コンテストでその中のそのマスタービルダーっていうのを選ぶよっていうコンテストがあったんで うん。 それに応募して うん。 え、ま、 ま、スタビルダーにはなれなかったんですけど、 えっと、そん時に目をかけてもらって、 えっと、一緒に働かないって、あと後々言ってもらって、 8年間ぐらいはやね。おお、 そのレゴのなんとかビルダー、それね、あの、ほら、ヨッシー君て前に来てたじゃないですか。 彼が小学生の時目指してましたもん、レゴのそのお仕事を。 うん。 だから結構ね、レゴやる子たちには憧れの職業っていう感じなんだなって。 未だに、あの、たまたま、たまにね、あの、イベントごとなんかあると、そのビルダーさんが作ったようななんかこう [音楽] ね、キャラクターだったりとか、お城だったりとか、ま、いろんなモチーフで作ったものがうん。 [音楽] うん。 ね、あの、話題になったりしますもんね。 うん。 そう。だからレゴフィルダーって呼ばれる人たって 3種類、あ、僕の中で3 種類ぐらいあってうん。 要はレゴ者にいて うん。 あ、そういうモデルを作る人と ああ、 あとそのレゴランドっていうのを運営してのマーリーエンターテイメントっていうのを運営してるんですけど、そこであのうん。 レゴランドの中にあるやつを作るビルダーさん と あとマスコット的なマスタービルダーっていうのがいてうんうんうん。 うん。 ま、スタビダっていうのもそのマリエンターテイミンってところで雇われてるなんですけど、あとあ、もう [音楽] 1つは、 えっと、レゴ者に認められてる うん。 うん。 レゴって歌って うん。うん。 仕事とかもしていいよって言われてるレゴ者には所属してないピルダさ。 それは世界に。うん。 うん。 今何人ぐらい?20 人ぐらいいるのかな? で、ま、日本で有名な人は三井君ていう 東京大学での うん。うん。うん。人がんですけど うん。 そういう人とかがいてどれになるかはね。 うん。 あ、それぞれ。 ま、いいタイプのビルダーあとは僕みたいな野良ね。 うん。 うん。 レゴビルダーとは名乗らないで、ま、レゴ趣味とかあとは、 えっと、テレビチャンピオンに出ましたよとかっていうのを書きにしていろんなブロック教室やったりする人とかもいますけど。うん。うん。 なるほどね。 なるほど。それで8 年やって、そして今なんとこの うん。 新しい アチーマスというところを今度ま、なんて言うんですか?構築していくという感じですか?うん。 これはですね、 あの、えっと、僕本読めないです。 ええ、 本読むのが苦手。 うん。 はい。 この本いいなと思って買っても、え、 最後まで読んだ本って多分人生の中が数えてもうん。 10冊あるかないかぐらいのやつですよ。 うん。うん。 で、そんな中で、えっと、なんかこう、成功哲学うん。 成功哲学。 はい。 あの、えっと、そうですね、これ なんかこう夢を叶えるよみたいなイメージですか? そう。夢を叶える。 はい。 大やの うん。 えっと、セ古哲学みたいなやつ 17原則っていうのがあって、 それをこう ゲームをしながらすっごく楽しくエキサイティングにゲームしながら はい。 うん。うん。すっと入ってくるっていう。 へえ。 そのゲームの中でもそこに書かれてる言葉を実践しないと ゲームがうまくいかないんですけど。え、 はい。 ま、ま、カードにそういう文言が書いてあって、それをゲームをしながら読み上げたりとかするんで、 どんどんどんこうすり込まれてくみたいな。うん。 うん。 へえ。 いうようなね、ゲームで。あとはゲームって言うとこうなんですか、勝ち負けを争うみたいな感じがありますけど、これは うん。 もうそのゲームを囲んでる人たち全員が仲間。 うん。うん。 全員でその目的を達成するよみたいな、ま、このアチーブ、アチーバスっていう名前なんですけど、 アチーブっていう英語のね、達成するっていう言葉とす私っていう言葉の造語なんで、 アチ、それでアチーバスって言うんですけど、 そういうゲームがあって、ちょうどね、レゴランドで働いてる時にもっとチームワークを発揮したいなと思ってた時に 知ってうんうん。うん。うん。 やってみたら うん。うん。 あの、すごく面白くて うん。 ま、こういうのをね、あの、なんだろう、人間関係に悩んでる人、職場でね、悩んでる人たちとか、 [音楽] あとはうん。な んだろう、もう生き方が苦しいなって思ってるような 子供たちとかそういう うん。 人たちにもこうなんだろう、 広めていくことによってなんか、ま、うん。 こんな生き方でもいいし うん。 なんか こういうことを心がけとくと、ま、自分がやりたいこととかうん。 なってみたいものっていうのに うん。 ま、早道っていう言い方をするとちょっと違うんですけど、 えっと、行きやすくなるんじゃないのっていうようなことを学べるゲームですね。で、 [音楽] ま、今チラし出してもらったんですけど、 ま、僕も はい。 あの、去年まではね、あの、結構中心に色々 やってて、プロジェクトとかも参加してたんですけど、今年は、ま、そういうの、ま、プロジェクトは参加してるんですけど、 えっと、これはね、フィスティバルって言って誰でも参加できるやつはちょっとね、お金はかかりますけど、 ええ、 そのアチーバスっていうを体験して どういうものなのかっていうはい。 をね、体験できるの今年の、 え、 え、11月2日に えっとですね、これ今すちょっとこのアチーバスっていうね言葉がありますけど 僕がですね、群馬 の9冊ね はい。 温泉があって僕も行ったことあるんですけど、ま、どこの温泉入っても暑かったと 激アだったと。 だから、ま、親父ギャグでね、 あの群馬の殺であのフィスティバルをやればいいんじゃないかって。 はい。 あっちバスとあスで ゴール合わせてね、やればいいんじゃねえかって言ってやったら本当に あの、ま、 なっちゃった。 あ、草ではないんですけど、ま、あの、高崎の方でね、え、 やることになって。 へえ。具体的にどんなゲームなんですか?あとそのターゲットはその悩んでる人だけですか? いや、えっと、何でしょうね。例えば はい。 あの、よくこの仲間でやってるのは商会議とか うん。うん。 そういうあの倫理法人会とかそういう経営者が集まったりするところで [音楽] やっぱ組織をなんとかしたいとか思ってる人たちがあ、 こうやったりとかだから会社の研修で使ったりとかへえ。 研修でやるんだけど うん。 なんかこう何座額みたいなのずっとやるんじゃなくてゲームをで楽しんでる間にそういうものをチームビルディングっていうのは なんたるかっていうのを学んだりとか なるほどね。 うん。 だからあれじゃないですかね。近所の人と な んか あんまりうまくいってない人とかも腸内会とかでやったりするとなんだあんたそんなこと考えてたのねみたいなことを知れて 仲良くなったりとか。なるほどね。 うん。あ、なんか可能性が広そうな。 そうですね。あの、 うん。 これ、あの、実は あの鎌倉物資体験のところ物の 2人にもう あのチームビルディングを そのモの歩を使ってやれないかっていう問い合わせ結構多いんですよ。そう。 会社さんを集めるから なんか物ので体験させてもらえないかって結構多いんですよ。 うん。 なんかコラボさせてもらえたら面白いですね。そうです。 僕なんかはこれでゴと うん。 うん。レゴとみ合わせてこの原則をレゴで表しながらやったりとかだからうん。うん。 1 回理念さえ分かってもらえば別にこの僕はこのアチーバスがすごくいいっていうことを言い続けてるんじゃなくて、この中で言ってることがいいし、ま、これをやればそれも経験できたり知ったりすることもできるんだけど、それをやっぱ自分事というか、 [音楽] 実際の生活の中に落とし込める ことの方が実は大事なんで、 ゲームの中で楽しかったで終わるんじゃなくてうん。 うん。 やっぱそれを自分たちの生活の中に落とし込んでうん。 活用できる方がいいと思うんで。そういうコラボレーションとかい 全然やった方がいいと思う。 だから企業さんていうかね、会社からその依頼を受けたらその講師はと橋さんにやってもらえばいいですね。 ね。そのゲームを持ってね、 モノでゲーム鎌倉モのノ 17 原則とか言うとなんか殺伐さができそうでもそれはさんな [笑い] そうそうそう。 だから志さんがその指導者なんだから志さんにその企業研修的なねやってもらってそのゲームの中でチームビルディングしましょうっていうのをやってもらう。で、それがしはま、モのフというそのコンテンツをちょっと提供することで、ま、中抜きさせてもらっ いや、でもね、あのやっぱこういうこれからもね、あ、あズ鏡の話しますけど、そういう中でこう何かをこう成したげようとしてる人たちがいるわけじゃないですか。 そういうのを話しながらここの原則とかには当てはめてみるとあ、この人たちはこれができてたよねとか。 うん。 うん。 なるほど。 なるほどね。あ、そういう原則があるから。 そう。良い習慣を作るとか、作る力とかっていう言葉とかもあったりするんですけど、 あ、やっぱちゃんとブドをね、毎日やってたからこの人芸すごいよねとかそういう話ができたりとか。 うん。 そう。 なるほどね。なるほど。なるほど。 ま、だからやっぱり、ま、夢って言ってもね、もうすぐでに叶えてる人たちも勢いるわけですけど、なんかの課題があったりとか、 ま、やっぱり人との関係性もあるので、みんなでチームビルディングもう 1 回やってみましょうっていうのにはすごくいい感じしますね。 うん。いい感じですね。 そろそろ改めて今日のゲストはですね、相原孝さんでございます。 ありがとうございます。 あの、 何も ご自身のあの私なお話も どんなことやってるのかとかね。 最近お姉だったとかお [笑い] もやってしまった。おやりましたね。ま、ちょっとやってみたいなとも思いつつも おえやります。さ いやちょっとね気持ち悪すぎるでしょ。この代わりやったらま、髭がなくなったからまだいいかもしれない。店の高いお姉 いやいやいいんじゃないですか。 いいですね。あの こうまそれがの知る限りでは今までは結構長いことそのなんかレゴブロックでのお仕事もされてきたんですか? うん。そうですね。 ネゴブロックのお仕事。そうですね。ま、好きがこうじて、 えっと、ま、ネゴランドっていう、ま、東京にね、青く内型のあの施設がありましたけど、そちらの方であのちょっと、え、なんですかね、あの、縁あって、 あ、ちょ、 うん、8年間ぐらい働いてましたね。 おお。結構長かったですね。テーマパークみたいな感じ。 テーマパークですね。 うん。 で、ま、その前からレゴは好きだったんですけどうん。 うん。うん。どちらかというと、レゴで何かを作るていうよりはうん。 レゴの遊びて楽しいよなっていうのもその自分がレゴを作った時のなんだろう。 こうワクワクしたこととかそういうものを いろんな人に伝えたいなって思うが強かったんでどちらか作品作るっていうよりはレゴでこういう風に遊ぼうぜみたいなことをやりたかった。ちょうど良かったんですよね。自分としては。うん。うん。うん。うん。うん。うん。 [音楽] まあ、ま、そうなんですけど、ま、コロナでね、どうしてもそのテーマパークっていうのがなかなかこう立ちかなくなったんで、 [音楽] ま、そこでちょっと職をやめて。 へえ。 え、ま、ちょっと半年ぐらいは ボケとしてたんですけど。 うん。 うん。 で、今さっき言ってたその、ま、お姉になったっていうのはそのミュージカル シミュージカルにね、参加するっていうあの話の流れがあるんですけどうん。うん。 あの、コロナ禍でそのコロナの前に多分川倉さんとかとは出会って僕が主催してるイベントとかに来てもらったことからこう [音楽] うん。 あの、よし目をついでもらってるんですけど、 [音楽] あの、コロナになってね、そういうイベントごともリスクが 多いんで、 自分からやるっていうこと言えなくなっちゃったんで。 うん。うん。うん。 そしたらもうこうなんか情熱を注いでた。 仕事も情熱注いでたし、そうイベントとかそういうので 何かを伝えてくっていうことにも情熱注いてたんだけどうん。うん。 それが一切なくなって なんか毎日がね、こう真った平らに 自分が生きてるような気がしてきたんですね。 うん。 で、ま、その時も新しい仕事、今の仕事も初めてたんですけど、 その仕事もなんかうまくね、あの、馴染むことができずになんかもう毎日がこうなんの、気持ちのこの欲用がなく、ま、平に生きてるなっていうのを感じてた時にうん。 [音楽] なんか情熱を燃やしたいなと思った時に今まで経験したことのないようなことをやり始めてみようと思って うん。うん。 思い立った時にたまたまあのリビングの机の上にあの子供が小学校から持って帰ってきたなんか市民ミュージカル参加者募集みたいならシがあってうん。うん。 へえ。 即頭であ、 父これやるつって。 これやるっつって。 そう。参加したんですよね。 うん。 いや、そういうひらめきも重要ですもんね。 そう、そう、そう、そう。 やったことないことをやってみるってすごく面白い経験。うん。 すごい面白い経験。 うん。 ま、元々まね、エンタめ系で働いてたっていうのもあって、下の前に出るのが不得意な方ではなかったのでうん。うん。うん。 [音楽] ま、YouTube のチャンネルとかもね、あの、レゴランドの方でもやってましたから。 そう、そう、そう、そう。なんで、ま、人前に出るのはあれだったんですけど、まあ、なんか自分がね、やったことのないことに うん。 からやってみるっていうのはまた面白いかなと思って やり始めてうん。うん。 で、その後からこう物の 2 人の方でも奉能演劇とかっていうのをやってるっていうの をあのFacebook とかではね、見ていたので、あ、もしそういう機会を自分でも増やせたらと思って色々こう相談させていただいて参加させていただいてるっていう状態じゃすっかり俳優さんですね。 [音楽] ね。 でもなんだかんだここの3 人にはミュージカル俳優じゃないですか?あ、そうです。そうです。そうです。ミュージカル 歌われてましたね。 歌ってる。 あのみんなに聞こえないように歌って。 いや、憧れですよ。 もうミュージカルだってもう大好きなんで。 ま、とか見に行くことは少ないとかほとんどないんですけど経験としてはないんですけど映画とかで なんかそういうミュージカルケすごく好き それこそディズニーとかでもね僕歌うシーンとかあるじゃないだしうん。 いやあ出てみたいなっていう思います。ミュージカル俳優みたいな声してるから ものすごい音痴なんですよ。 いやいやいやいやいや。 で、以前になんか鎌倉さんのなんかカラオケの噂を聞いたんですけど、なんかものすごいうまいっていう。 [音楽] そう、そう、そう。僕も聞いてる。 すごい音痴なんですよ。 ずっとち言うんですけど絶対うまい。あの、その音痴のレベルが全然あの違うレベルで [音楽] 超ハレベルで音痴って言ってるかもしれないですよね。 なるほどね。 普通の人は全然気になんない。 うん。うん。 自た共に認めるあの音痴なんですよ。 これは実はあのね、ゴスペルとかそれからあのコーラスとかにも所属してたんですけど必ずじろじろ見られるんですよ、周りから。 うん。 外れてる。 外れてるんで。で、本人、音痴はね、本人わかんないんですよ。 ちゃんと歌ってる意識でいるからなんかじろじろ見られて、あ、外れてんな。で、結構ここ数年ちょっと発生っていうかね、声を出す、歌を歌う、 あの、ちょっと指導を受けてるんですけど、 やっぱね、先生はね、あ、微妙に外れてる。 に教えてくれるんで、ま、本人はわかんないです。同じ音で歌ってるつもりなんですけど、やっぱそういう微妙なね、音の連れってのがわかんないですね、やっぱね。 うん。 それはしょうがないですよね。カラオケなんかで気持ちよく外れてようがなんだろうが歌ってる分には別にいいじゃないですか ね。それは でもやっぱみんなで合わせなきゃいけないとか うん。 そう人前でね、なんかそのミュージカルみたいなのね、大事な場で歌うんだとあの人外れてるってそれはさすがになっていうね、やっぱ音痴ってね、 やっぱ致名的ですね。 うん。 そこはなんか自分の話になっちゃうあれですけど。ソロやればね、誰も外れてると思うてるかどうか。 [笑い] 感情に乗った歌うな、この人みたいな。 誰も知らない歌。 そうそうそうそうそう。 オリジナルで常にオリジナルの歌 そ音痴かなんかわかんないし。 もうでも憧れますね。本当にね。いいな。 3人とも 自分はミュージカル俳優ですって言えちゃうのが 言えない。言わない。言わないですよ。言わない。 そもそも言わないミュージカルで歌ってましたね。ま、 吉田智さんから同続報が さっきの文楽の像の件なんです。 犯人が捕まって今某博物館。 そう。そうなんだ。 吉田智さんがレゴランド子供を連れてき どこのレゴランドでしょうか?名古屋東京かな? 子供を連れて もしかしたらね、あってたかもしれませんね。 あってたの可能性はあります。 そして前アさんがあ 息子さんも活躍されていて親子で参加できるって意味です。 うん。うん。うん。 息子さん 確かにね。 うん。それはい。 最近は息子さんもね、あの諸の死体の演劇に出ていただいてますけれども。 あ、東京だった。 うん。 ね。 あ、東京。あ、本ん当だ。 たらあのまたいました。 うん。 もしかしたら息子さん同い年ぐらいかもしれないです。 ああ。 え、とこさんの息子さんと ね。もしかしたら いや、ともこさんの息子さんもちょいした。 すごい大人ですよ ね。そうそうそうそう。だから同い年ぐらいかもしれませんよって。もしかしたら 高さんといそんなことはないんじゃないですか。 もしかしたら。うん。ね。 ま、でもそうですね。 子さん、それがちょっと近いのかな? うん。 はい。というとこですね。はい。 [音楽] さあ、ここからですね、え、相原孝さんね、今日改めてゲストで来ていただいておりますけれども、 え、今後の人生の展望というところで、ま、多分この辺のお話をちょっとね、もう少し深掘りしていただいて、ご自身のこうお仕事にもね、本していきたいというところなんですが、改めてちょっと手短近にうん。 展望そうですね。 自分の生き方として はい。 ええ、 ま、あの、こう教えるとか そういうことをやるような格も 持ち合わせていないのではい。いや、いや、いや、 ま、あの、どちらかというと、ま、 え、あの、こんな、 ええ、 あの、 ざけたって言い方をするとまた違うのかもしれないですけど、こんな生き方をしてる大人もいるよっていうね。うん。 [音楽] そういう大人の1人として うん。 ま、うん。 うん。うん。 あ、こういう生き方してるやつもいるんだなと。 これは俺でいいんだなみたいな 感じに取ってもらったりとかね。子供たちとかもやっぱ これからね、なかなか自分が好きなことがうん。 生活の糧になるかどうか 分からないようなね、時代にはなってきてますけれどもうん。うん。 ま、どう生きてくのかっていうの 1つのビジョンとしてね、 あの、自分が入れればいいかなっていう感じですね。 ま、後のことはもうアイストに任せてっていう 感じではありますけれども。 うん。じゃあ好きなことをやって そうそうそう。 生活していいんだよと。 そうそうそう。 いけるよというのを子供たちに背中で持って語っていくと思う。なんかこうしなきゃとかこうすべきとか そういう言葉に縛られることなくて、えっと自分が うん。 こうなりたいっていうものを 少しでもこう見つけやすい うん。うん。 あ、こうこういうのもありなんだってね思える。 [音楽] 1 つのビジョンとしてね、存在できればいいかなっていうところですね。うん。うん。 [音楽] はい。うん。 なるほどね。 ま、そういうところでね、こういうこれもね、 ま、自分がなりたいものを見つけたとしたら それになるためには、あ、どんな、あの、こうなんですかね、えっと、 要素が あるとそういう風なものに近づけやすいかなっていう金とかね、 [音楽] こういうゲームの中にありますよっていうことをちょっと伝えてたりったりとか [音楽] ね。やっぱこう どうしてもね、行きにくいとか 多分うん。 浜倉さんとかもね、お話を聞いてると うん。 小さい頃はやチェスしてたって言ってましたけど、そのそれってきっとその時代に行きにくさがあって、 そういうなんでしょう、エネルギーの発散の仕方をしていたと思うんですけど。うん。うん。うん。うん。 今でもね、やっぱなかなかそういう自分を出さなかったりとか、ま、自分を出さなきゃいけないとかそういうことでもないし。 うん。 出したいとかこう主聴したい時にそれを うん。 あの、素直に出せて うん。な んだろう。 えっと、なんか苦しくならない うん。 世の中にね、少しで なったらいいなと思うし うん。 なんかそういう、ま、 自分の影響力は大きくはないですけどうん。うん。 本当に身近な人たちからそういう なんですかね。えっと、ものに、 え、なっていけるようなうん。うん。 え、ま、一条こできればいいかなっていうのが僕の生き方たかなと思ってます。 うん。うん。 ちなみにこれなんか妖精座みたいなのがあって、それでなんかその職業の名前はちょっとわかんないですけど、 えっと一応ね、このアチーバスっていうのは、あの、 普通に買って遊ぶことはできるんですけど、やっぱしこの要素を 正しく伝えるためにはそのトレーナー講座っていうのがあって、 で、あの、有料で誰かに対してそういう、 あの、ちょっとセミナーみたいなのを開くためにはそのトレーナーになってないとできませんよっていう [音楽] さん、トレーナーなんですか? そうです。そうです。 一応一応。 うん。じゃあもうたさんに頼めば ね、トレーナーやってくれるってことですもんね。 そうですね。 ま、ただ遊ぶだけでもね、あの、非常に面白いですし、もちろん僕はその遊んでる中で少しずつね、あ、この エッセンスというかそういうものを伝えることはできるし、ま、それで興味持ってくれた人がいたならばもっとね、より深くこういうのをあの伝えられる人を紹介したりとか、例えば企業でやってほしいよっていうことがあれば、そういう、もう宣念されてやってる方がいいので、そういうことをあの、ご紹介することもできますし。うん。うん。 [音楽] うん。 ま、僕は、ま、あの、片苦しくなく うん。 あの、ちょっと遊びながらこういうものに触れてもいいませんかっていうぐらいでね、 [音楽] できればなと思っております。 うん。なんか防災とかのね、 にもありますけどね、ゲームはね。 そうですね。ありますね。 うん。そういうのにも結構生かされそうな気もう しますね。 で、なんかイベントはこの11月2 日は去年のですか? これ今年ですね。今年の11月じゃこの えっと、あ、202書ってますね。 じゃ、それの宣伝もちょっと最後していただいて。 そうですね。アチーパスフィスティ。 え、地球家族愛王 2025群馬。 うん。 え、ナンバー9 気持ちのコントロールって言いまして。 はい。 うん。 そう ね。これ後ほどちょっとね、あのデータいただいてとかあるんで。 はい。録画版ではあの 分かりやすくね、 え、分かりやすく出したいと思います。さ れると思います。 はい。11月2 日、日曜日高橋さんもこのイベントに出てらっしゃるです。 はい。 ただ風呂に入ってるだけかもしれないです。 みんな風呂に入りながらゲームするん。え、ええ、え。 [音楽] だけだけどちゃんとして、 して、ね、ないとね。 はい、 ありがとうございます。ということでね、え、本日のゲストは相原た志さんでございました。 ありがとうございました。
本日のゲスト
#相原崇史(あいはらたかし)さん アチーバスのトレーナー
沼津市出身。霊山寺学園梅花幼稚園、沼津市立第三小学校、第三中学校、沼津高等学校、湘南工科大学卒業。屋内テーマパークのレゴランドで活躍。おもしろ発見パーク(ココテラス湘南)発起人。現在は(藤沢)市民ミュージカルでも大活躍。鎌倉もののふ隊の舞台で演劇を担当。
(260)鎌倉の歴史雑談番組ブシトーーク7月22日(火)19時から生配信
『吾妻鏡』養和二年四月條
鎌倉でガイドをしている3人の武士たちが、鎌倉の歴史をゆる〜くマッタリと雑談する番組。
視聴者参加型を目指しているので、リアルタイムにコメントどしどしお寄せくださいませ。※配信後はコメントできません。
■内田めぐみ
「ゆる鎌さんぽ」代表。ゆる〜く、楽しく歴史も学びながら鎌倉を歩いてご案内する、鎌倉歴史案内人です。
■岡田英之
清和源氏(尾張源氏)の武家の末裔。街歩きガイド、博物館・美術館の展示解説、歴史講座講師。特に「モノ」に対する歴史の事実の物語を、知識の有無を問わず、面白く分かりやすく伝えるのが得意。著書に『東京街かど タイムトリップ』。
■鎌倉智士
鎌倉生まれ鎌倉育ち、そして名前(本名)も鎌倉。桓武平氏の流れ鎌倉権五郎景政を祖に持つ鎌倉氏は今年1,100周年の記念年。歴史活動グループ鎌倉もののふ隊(今年20周年)の代表。子どものころに駆けずり回った鎌倉の知る人ぞ知る山道案内を得意とする武士ガイド。フリーランスの保育士。『大河ドラマ鎌倉殿の13人』出演。『アニメ逃げ上手の若君』制作協力。
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■鎌倉もののふ隊 公式ホームページ
https://sites.google.com/view/kamakura-mononofu/%E9%8E%8C%E5%80%89%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E3%81%B5%E9%9A%8A
■鎌倉の歴史雑談番組ブシトーーク これまでのアーカイブ
https://youtube.com/playlist?list=PLxVd8_OWYONj-cxLxU5XeWr-oh1Z1Hfp9&si=gZHGQBj02aJ56g5v
■鎌倉武士チャンネル 👍ボタン&チャンネル登録お願いいたします!
https://www.youtube.com/@Izakamakura-SatoshiKamakura
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【協力協賛】
有限会社壮オフィス 信田壮士
体験工房はせ陶 夏川統二郎
相原崇史
さかつうギャラリー 坂本直樹
チャレンジャー・カンパニー株式会社 永墓正寿
株式会社神明商事 穴水大介
湘南モノレール株式会社