天使と人間の犯 罪、そしてその犯罪の正体天 使 の 犯 罪とは
天使と人間の犯 罪、そしてその犯罪の正体
天 使 の 犯 罪とは
ユダ書6節から7節に「主は、自分たちの地位を守ろうとはせず、そのおるべき所を捨て去った御使たちを、大いなる日のさばきのために、
永久にしばりつけたまま、暗やみの中に閉じ込めておかれた
ソドム、ゴモラも、まわりの町々も、同様であって、
同じように淫行にふけり、不自然な肉欲に走ったので、永遠の火の刑罰を受け、人々の見せしめにされている」
と記録されているのを見ると、我々は天使が姦淫によって堕落した
という事実を知ることができるのである
しかしながら、姦淫というものは、一人では行うことができない
人 間 の 犯 罪とは
創世記二章25節を見れば、罪を犯す前、アダムとエバは、裸でいても恥ずかしく思わなかった
しかし、彼らが堕落したのちには、裸でいることを恥ずかしく思い、
無花果の葉をもって下部を覆ったのである(創三・7)
もし、善悪の実という、果実があって、彼らがそれを取って食べて罪を犯したのだとすれば
恐らく彼らは手か口を隠したはずである
なぜかといえば、
人間は恥ずかしい所を隠すのがその本性だからである
しかし、
彼らは、手や口を隠したのではなく、下部を隠したのである
したがって、この事実は彼らの下部が科となったために、
それを恥ずかしく思ったということを表しているのである
ここから、我々は彼らが下部で罪を犯したという事実を推測することができる
ヨブ記三一章33節には、「わたしがもし(アダムのごとく)人々の前にわたしのとがをおおい、
わたしの悪事を胸の中に隠したことがあるなら」
と記録されている
そうしてアダムは、堕落したのち、その下部を隠したのであった
この事実は
とりもなおさず、
アダムが覆ったその下部が科となったということを物語っている
それで
人間が堕落する以前の世界において、
死ぬということを明確に知っていながら、しかも、それを乗り越えることのできる行動とは、
いったい何であったのだろうか
それは、愛以外の何ものでもない
「生めよ、ふえよ」(創一・28)と言われた神の創造目的は、
愛によってのみ完成することができるのである
したがって、
神の創造目的を中心として見るとき、
愛は最も貴い、そして最も聖なるものであったのである
しかし、
それにもかかわらず、人間は歴史的に愛の行動を、何か卑しいもののように見なしてきたというのも
それが、堕落の原因となっているからである
天使と人間が淫行という犯罪を行った聖書的根拠
我々は、既に述べたように、人間が天使の誘惑に陥って堕落したという事実、
人間も天使もみな淫行によって堕落したという事実、
その上にまた、被造世界においては、霊的存在であって、
お互いにある情的関係を結ぶことのできる存在とは、
人間と天使以外にはないという事実などを結びつけてみるとき、
人間と天使との間に淫行関係が成り立ったであろうということは、
容易にうなずくことができるのである
ヨハネ福音書八章44節には
「あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、
その父の欲望どおりを行おうと思っている」と記録されている
そして、
黙示録一二章9節には、
「悪魔はすなわち、サタンであり、サタンはすなわち、人間を誘惑した古い蛇である」
と明示しているのである
堕落した人間は神の血統ではなくサタンの血統をもって生まれたので
ロマ書八章23節には「御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、
心の内でうめきながら、子たる身分(実子でなく養子として)を授けられること、
すなわち、
からだのあがなわれることを待ち望んでいる」と記録されているのである
また、
マタイ福音書三章7節には、洗礼
ヨハネがユダヤ人たちを見て、「まむしの子」、すなわちサタンの子孫であると叱責し、
また、
マタイ福音書二三章33節においてイエスがユダヤ人たちを見て、
「へびよ、まむしの子らよ、どうして地獄の刑罰をのがれることができようか」と叱責されたという記録がある
このような聖書の記録に基づいてみると、
我々は、天使と人間との間に淫行関係が結ばれ、それが堕落の原因になったという事実を
知ることができるのである