【最新171話】ついに姿を見せた後醍醐帝に対する読者の反応【逃げ上手の若君】
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作者の画力上がってるよな
足利尊氏が死後の後醍醐天皇を弔うために読んだ文章。
素人翻訳なので間違いも多いとは思う。
↓
恩に報いないことは無徳とされ、小鳥でさえも宝石を咥えて恩に報いる心があるといいます。
後醍醐帝の黄金のような言葉に対し何も言及せず、何も応じず、ましてや忘れることなど人としてありえないことでしょう。
陛下の好機や幸運を逃がさない様は、正に皇帝の中の皇帝と言っても過言ではありません。
その功徳は正に神がかっておいででした。
ゆえに陛下は歴代の帝の威光とともに太陽のごとく光輝き、我らは陛下に対し雲を見上げる思いでございました。
だからこそ陛下は神武天皇から始まる90代以上に連なる皇位と聖なる業績をお継ぎになり、元応以降、十八年の間、皇位を保たれたのです。
陛下は外には王道の政治を行い、政道の本質は正にここにありました。また、内には仏法を隆盛し、その素晴らしい真心は尊敬せずにはいらないほどてす。
さらに陛下は芸術にも巧みであり、漢詩の才は唐の太宗を超え、笛の音色は他のものを求める必要がないほどです。和歌に至ってはまるで歌の神である素戔嗚命のようであり、日本の文化伝統を感じました。皇室に伝わる伝説の琵琶を演奏なされた際の調べに至っては、その琵琶の本来の使い手であった村上天皇と同じレベルとも言えるほどです。
まさに、あらゆる道を究め、あらゆる徳を行った方でございました。
やがてしばらくして京の邸宅を離れ、吉野に行幸なされましたね。しかし、優れた馬が自由に駆け回って帰らないように、聳え立つ雲が道を阻むように、後醍醐帝の御輿は蒼穹に留まられました。ついには四年間もの行幸の間に京へ帰ることなく、大業の道半ばで倒れた唐の粛宗のように崩御なされたのは、陛下ほどの方にしてはあまりにもな最期でございます。
この陛下の愛弟子である尊氏は大納言に特進し、征夷大将軍の職に至りました。これは私にとって中国で漢が興ったのと同じほどの幸運でごさいます。
弓矢を収めて平和を願い、護国を以て帝に尽くし、仁義をもって民を安らかにすることが私の願いです。
戦で武功を挙げることしか能がない私が、ここまで幸運な繁栄を遂げることができたことは何故なのか。今までを思い返してみますと、それは先帝たる後醍醐帝がきっかけとなったのです。
陛下の優しく賢きお言葉は未だに耳に残り、陛下をお慕いしていた私の心は張り裂けんばかりです。
陛下の無窮の恩恵にどうやって報いればよいのでしょうか。
七日間、喪に服し冥福を祈り、時間の流れを悲しみ、私自ら写経も行いました。かつて中国の聖人君子たちの死後、弟子や部下たちは百日後に、その名を讃えたとされています。
よってここに様々な経典や曼荼羅、仏図を奉り、十人の僧に供養を行わせ、非人の救済や寺院への寄附、大僧正を呼んで読経の席も設けました。
その際には多くの者が列席して陛下の死を悼み、両界曼荼羅に描かれた様々な御仏がそれを見届ける様子は陛下の御威光の賜物でこざいましょう。
後醍醐帝の魂は、この日本を出た後、まっすぐに御仏の元に向かわれるに違いありません。
後醍醐陛下の弟子、征夷大将軍、足利尊氏
三国志の最終盤(劉備が死んだ位)やろなぁ(まだまだ続くぞ〜)
後醍醐は生まれるのが早すぎたのは、げにもだけど、
彼の政策は室町幕府にも踏襲されている。
その室町も混乱続きだが、その業績は江戸幕府に取り入れられている
南朝・後醍醐は敗者ではあるが、時代を先に進める役割は果たしたと言える。
単に早すぎたってだけではなく、この時代に必要な人物だったと思う。
頂点に生まれてしまった革命家という評価は、本当に的を射ている発言だと思う
後醍醐天皇といえば阿野廉子だけど
最愛の女性は正妻の西園寺禧子で皇太子時代に入内の手続きとかしてない禧子と伽をしていたのが公然となって既成事実婚でかつ恋愛結婚をしたというエピソードが残ってる
冷徹な人物のイメージがあるけど超愛妻家なんだよね。ただ禧子は一人娘を遺して二十代の若さで亡くなってしまった…。
逃げ若未読勢だけど鎌倉終焉期のキーパーソンである後醍醐天皇が171話で登場することにむっちゃ驚いてる
若いころの見た目が肖像画に近い見た目だったのもあるけど
後醍醐天皇だけこの漫画では珍しく大河ドラマみたいな見た目なのすっげえ個人的に好き
後醍醐上げはいいけど、この人のお陰で朝廷権力は地の底まで落ちて朝廷は貧乏生活させられるんだから、関係者からしたらたまったものではないし、
朝廷内での後醍醐天皇の評判は非常に悪かったんだから、美化できるもんじゃない
まさに後の足利義教と同じでいなかった方が良かった
歴史に名高い…この文言を知ってるやつは群馬県民と決まってる
アニメだと3期ぐらいで出てくるのかな
『予想以上のイケおじ』とのコメントがあるけど…
実際、当時から評判のイケおじだったらしいです。
一目会うだけで誰もが平伏したくなる堂々たる御姿…
(尊氏も正成も泣くほど感激したらしい)
しかし政治の才能皆無のくせに、無駄に野望とバイタリティだけは見た目通りの神クラスなもんで日本中が大混乱…
結局若き才能を使い潰し、散々時代を掻き乱した挙句、本人も不幸な末路を迎えることに…
個人としては本当に凄かったのに、評価に困る悲劇の天皇ですね。
多分生まれる場所と時代を間違えた。
現代の一般家庭に生まれてたら、(絶対に出馬させちゃいけないタイプの)超大物俳優になってそう。
イケおじだけど老いと衰えと志半ばで倒れてしまいそうな悲哀を感じさせる絶妙なキャラデザですごいよかった帝
片岡仁左衛門さんの帝を思い出す。
死の間際に「西庇に鞠を置いて来た」て御所の事を夢で見て、京都を懐かしんでたな。
後醍醐天皇の「現代に生まれたら」のコマ、殺せんせーの幼少期っぽくね???
良くも悪くもこの人革新的過ぎて今までの政策との相性最悪すぎたんだよな。あとこの人のやることを理解できる部下が少なすぎた。
でも、この人逃げ若の仇なんですよね。それも尊氏よりもはるかに直接的な。
それより時行が可愛い
次週
尊氏「帝が崩じられただと!?…許さん…殺してやる…殺してやるぞ足利尊氏!」
2:17 自分を引き立てるために天皇を褒めちぎったり弔ったりするんじゃなくて、
ガチで純粋に悲しい寂しい大好きって気持ちでやるだろうから恐ろしい
後醍醐天皇本人は人として孤独だったんだろうな。孤独だったがゆえにあそこまでいけたし、孤独だったがゆえにつまづいた。むごいけどそれは帝王の孤独とは違う。帝王の孤独とは臣民を思いやるばかりで思いやってもらえないということ。臣民が何を望んでいるのかをわかれば、天下を足利に委ねて皇統は大覚寺統が継いでいくという条件で尊氏と折り合っていただろうと思う。
逃げ若で能力値紹介されるとしたら、基礎ステータスだけなら(武力以外は)尊氏とかにも決して劣らないが保持スキルが悉く噛み合わないか、発動条件が厳しすぎて本領発揮出来ない仕様になってそう。
田中芳樹先生のタイタニア思い出しました、『あまりにも権力の頂点の近くに良すぎ、底辺か、敵対勢力にいればその輝く才能と野心に相応しい生き方が出来た』ってシーン
もっとも、あっちでは年若い優秀な従兄弟を、落ち着いた教師的性格の(当人に自覚ないが人々から次の後継者と思われてる)年長者が気の毒に思うシーンで。
南朝の敗北感が濃くなってきてるけど、ここから53年間は南北朝時代は続くし、尊氏の息子が不甲斐ないせいで北朝が一時滅亡寸前まで追い詰められます
尊氏の幹部も堰をきったように没落してきます
歴史って面白いね
先週の反応集でのコメントで、鱸の刺身を当ててた人いたな。
歴史も故事成語も未熟な自分としては、マジで当ててるよスゲェの一言なんだが、わかる人にはわかるもんなのかね。
めっちゃ歳とって見えるけど崩御時数え52(満年齢50)だから満年齢で考えたら48、9くらいなんだよな
時代もあるだろうけど、相当若い頃活力に任せて無理しすぎたんやろな……
いつもの松井先生なら、残り10巻くらいには終わっちゃうのかな?
後醍醐天皇はカリスマだしトップに立てる逸材なんだけど、会社で言えば資本も実行部隊も決定的に足りないのに大企業スタートとかいう詰みポイントしかないのがほんまもう…
逆にその我欲が強すぎた故に「武家(足利尊氏)より君(父帝)が恨めしい」と言わしめる程に護良親王に恨まれ和解も果たせぬまま今生の別れに終わると云う悔恨の悲劇を招いてしまったのは間違いない。
30歳で即位したけど30歳以上での即位は250年ぶりとか
まあそれだけ天皇の位というのは権力争いの象徴みたいなもんだけど
顕家が死んだ後、北畠親房は散々尊氏を内から外から苦しめる存在になるのよね。
尊氏、師直、直義の関係性が壊れ始めたのを見定めて、直義を南朝方に引き込み、師直の死に直結させ、直義自体は不審死という形で尊氏の手で殺される運命になるからなあ…
肖像からもわかる究極のポジティブリーダーだよな後醍醐天皇は。自分で袈裟きて日輪の冠被って自ら護摩修行したり。その辺りが異形の王権と言う本にされたこともあるわけでな。
外見だけならルイ十四世相当、だけどこの人隠岐から海渡って本土に帰還したり行動力も化け物、人を動かすカリスマ的にも化け物、狡猾さでも化け物人一人に与えたものとしてはデカすぎる器がある
後醍醐天皇は成人ではないけど憎めない人だったなぁ…死を悟って時行くんを特殊遊軍にしたの好き。
生まれるのが遅すぎるし存在自体が迷惑すぎた…
個人的には後白河に並ぶレベル
護良親王、楠木正成、北畠親子、新田義貞と錚々たる面子を抱えておきながらどうしてこうなった
革命家としては向いてるけど政治家には向いてないんだな
逃げ若って両統迭立の件取り上げてたっけ?
兵集めのための官位は不要……
いや、後醍醐天皇、そのせいかは知りませんが北条時行はこの後、結局自ら軍を率いることもできず最期を遂げてます。最後の鎌倉奪還も新田さんの甥っ子の陣に加えてもらってのものなので、結果として無位無官というのは時行の北条の血も足利と戦ってきた日々に対する南朝方の解答が「無価値」であることを示してしまい、時行は軍勢集めや資金調達に滅茶苦茶苦労する羽目になったかと。
ところで0:55の後醍醐天皇、絵面といい台詞といいすごい蒼天航路っぽいよね
破天荒な偉人の描き方に通じるもんがあるのかもしれんと思った
1番 北畠顕家 (中)
2番 佐々木道誉 (二)
3番 楠木正成 (遊)
4番 足利尊氏 (投)
5番 護良親王 (三)
6番 後醍醐天皇 (一)
7番 新田義貞 (右)
8番 足利直義 (捕)
9番 高師直 (左)
監督 後醍醐天皇
Vやねん南朝